三章
ピルと乳癌
現在、人間を対象にした研究を見ると、癌の危険率上昇が経口避妊ピルに関係している証拠は確認されていません。179(政府認可薬情報 - R, Ayerst Laboratories - 1996)
子宮頸癌の見直しのために採用されたのと同じ経時的手法で、ピルと乳癌の医学的調査を進めるのは実際的ではありません。その理由は、異なって時点で発生する乳癌には異種の問題がいろいろあるからです。
わたしは基本的問題の一つひとつを区別して、80年代初期から現在に至るまでそれらを別々に追跡してみることにしました。これらの諸寄与要因が個別的に分析されても、それが、それらの要因の一つひとつから孤立して起きているのではないことに、読者は注意を払わなければなりません。医学文献から見ても、相関関係が存在していることに間違いはありません。本章の随所でそのことには触れます。
3.1 1970年代初期の調査
70年代初期の医学文献を調べてみると、二つの顕著な特徴が見えてきます。(a)乳癌とピルの相関関係についての研究がほとんどなく、(b)あったとしても、それはわたしたちが現在知っていることと正反対、つまりそのような相関関係に無知であるか、またはピルが安全であると示唆するだけでなく、それが乳癌から女性を保護するという見方をしていました。
第一の点をもう少し詳しく述べましょう。初期の研究の少なさは、シュレッセルマン(1989)による乳癌に関する膨大な論評に強く反映されています。180そこには70年代の研究が二編しかありませんが、1980〜88年の研究論文は40編も含まれています。
ピルの安全性に関する初期研究がどれほど少なかったか測るもう一つの尺度として、70年代、80年代、90年代に、それぞれの主な研究論文で参照された回数には興味深いものがあります。ヴェッシーの論文(1979)には21、パイクとヘンダーソン及び同僚の論文(Lancet, 1983)には29、オルソン(Cancer, 1991)は54の参照個所を挙げています。これは乱暴な基準かも知れませんが、それでもある程度の事情が分かると思います。
ピルの好意的な見方には全面的に賛成でないとしても、British Medical Journalに、そして続編としてLancet(1975)に積極的な医学論文を出版したのはヴェッシーです(1972)。1972年の論文でヴェッシーは次のように締めくくっています。
現在までの発見はわたしたちを安心させます。経口避妊薬使用が40歳以下の女性の乳癌と関係している証拠はまったくありません。それどころか、ピルの使用はピンカスと同僚たちが初めに示唆していたように、この年齢グループにとっては良性の乳癌予防にさえなるといういくつかの証拠があります。181(sic)
ヴェッシーは、このような見方を1975年のLancetの記事で繰り返しています。
かなりの数の乳癌患者を調査して得たわたしたちの最近の発見によると、45歳までの女性にとって、経口避妊薬使用が乳癌の危険と結びつく証拠はまったくありません…経口避妊薬使用は、その危険を増すよりも減じているとさえ考えられます。182
その頃、ボストン共同薬品監視計画は、ヴェッシーと同じような結果を報告しています(1972)。183
乳癌を研究してみたところ、経口避妊薬使用者には非使用者より危険率が高いことを示す証拠はありませんでした。183
薬学の教師と学生にとっての基礎的教科書The Phamacological Basis of Therapeuticsの1975年版には、乳癌についてわずか一つの文章しかありません。
…以前になされたプエルトリコとハイチにおける広範な調査は、避妊剤使用者の間に子宮頸癌と乳癌の発症が少なくなったことを示しました。184
また、ヴェッシーによるもう一つの主要な報告も、ピルと癌の関係に気づいていません。実にこの報告によれば、ピルは乳癌の予防薬になるということでした。
1975年末までに治療を受けた487人の乳癌患者の(癌の)臨床上の発達段階に関する情報が入手できました。健診に当たって、避妊剤を使用したことのない患者には、固まりが発見される前の年に避妊剤を使用していた患者よりも、進行した腫瘍がより多く見られました。過去にピルを使用した経験のある女性たちは中間に位置しました。この(乳癌の)発達段階の違いは生存パターンに反映されました。診断に当たっての偏見を完全に排除できなかったとしても、経口避妊薬は腫瘍の発達に良い結果をもたらしたかも知れません。(強調は筆者による)185
ヴェッシーのもう一つの報告(1982)は、さらに、ピル使用が乳癌の予防になると結論しました。
ロンドンとオックスフォードで面接を受けた16〜50歳の乳癌患者と、同数の対照グループに関するデータが提示されました。結果はまったくわたしたちを安心させるものでした。実に、ピル使用は予防的ではあっても、決してその逆ではありませんでした。186
それでも、調査自体の不足は初期の相反するデータの説得力のある説明にはなりません。データの少なさが、怠慢または実施時の手違いの説明になると示唆するなどは、専門家としての無能でしかありません。
一体どのような原因のために、専門家たちはピルと乳癌の関係を正確に突き止められなかったのでしょうか? 本質的には、二つの要因が挙げられます。その一つは癌の潜伏期です。もう一つは70年代初期に使用された不十分な統計学上の方法論です。これら二つの要因について以下に説明しましょう。
3.2 潜伏期
生物学的に、潜伏期とは有害薬品の摂取時期と発見しうる副作用の察知時期との間にある期間と定義されます。187すべての薬品には副作用と、それぞれの潜伏期があると考えられます。
例えば、抗生物質の下位区分であるペニシリンの潜伏期について考えてみましょう。敏感な患者の場合、服用直後に皮膚のかゆみと腫れが起きます。このような場合は潜伏期が短いと言えます。例えば血清による病気であれば、副作用の症状は7〜10日後まで見られません。188ですから、このような副作用の潜伏期は比較的に長いということになります。
同じ原則が、ステロイド・ホルモンとして知られる薬品の部類に属するピルについても当てはまります。ピルには吐き気、時には嘔吐、めまい、頭痛などある種の副作用が頻繁にあります。これらの副作用の潜伏期は短いです。その他の副作用、特に乳癌の潜伏期は長いのです。
これだけではありません。工業医学も、ある種の病気には長期の潜伏期があることを示しています。ウラニウム粉塵を吸い込んだ炭坑夫は、15〜20年の潜伏期の後で肺癌になることが知られています。189
このように、潜伏期は期間と遅延効果に関連します。ピルに関する初期のデータにばらつきがあるのは以上の理由によります。
かなりの数の研究者たちは、ピル使用から来る乳癌の長い潜伏期について一致を見ています。例えば、ヴェッシー、ドル、サットン(BMJ,1972)は、以下のようにコメントしています。
ヘルツ(1969)は、ヒトの発癌物質は、10年以内にはっきりした効果を見せることが少ないので、もし避妊剤のステロイドが乳房組織に悪性の変化を新たに触発すれば、その結果はおそらくまだ発見できないのであろう、と指摘しました。190
その他の研究者たち(ヴェッシー、Lancet、1975)は、「潜伏」という言葉を特に使用、しなかったものの、ピルに発癌性がないと宣言する前には長期観察の必要があることをほのめかしました。
製品(ピル)使用と乳癌の間に相関関係が可能であるかどうかの問題が、最終的に決定されるまでに何年も待たねばならないことを記憶するのは、重要なことです。191(巻末の註を見よ)
British Medical Journal(1980)に報告したヴァレリ、ベラルも類似の観察をしています。「…腫瘍が臨床的に明白になる前の潜伏期は、15年かそれ以上あるかも知れません。」192
サミュエル・シャピロはNew England Journal of Medicine(1986)に執筆して、長期の潜伏期があるので、ピルが安全であるという早まった結論を出さないよう忠告しました。
妥当な結論を言えば、合衆国で使用される避妊剤は乳癌の危険率を増加させません。しかし、それにはいくつか重要な条件があります。まず、避妊剤の使用を止めてから15年以上の潜伏期については今後評価を受けなければならないということです。これは乳癌の発症が約40歳を過ぎてから急上昇するので、特に重要です。(強調は著者による)194
キム・マックファーソンは(British Journal Cancer, 1987)、適切な歴史的例と制限付きとは言え、自分たちのその仮説に対する賛成を支持する、発癌物質の長期にわたる潜伏期について詳しくかつ有用な議論を提供しました。
経口避妊薬は英国で、1970年代初期に、未婚女性にも広く、自由に入手可能になりました。それらの女性は、現在(1987)30、40歳代に入ったばかりでしょう。ですから5〜10年以上の長期にわたる若年からの使用は、おそらくないでしょう。触診できる乳癌の形成には20年近く(つまり、前癌状態への変化と腫瘍と診断されるまでの期間)かかるのが典型的ですから、意味のある疫学的相関関係を観察できることを期待するには、まだ時期が早いのかも知れません(Armenian & Lilienfeld, 1979; McPherson et al., 1986)。
広島と長崎で原子爆弾による放射能に被爆した若年女性たちとの間に、おそらく平行線が引かれるかも知れません。彼女たちにも、被爆から15〜20年経過してからでないと、被爆量に相関する乳癌発生増を見ることがありませんでした(徳永と同僚たち、1979)。また同様に、(40年もの追跡調査の結果)最終的に乳癌になる危険のあることが分かっているジエチルスベステロール(DES)にさらされた妊婦は、そういう接触はなかったコントロール・グループと比較すると、接触後22年間差異は見られなかったのに、乳癌にかかる危険率が結果的には2倍もありました(グリーンベルグと同僚、1987)…(わたしたちの)データもE-Oピル(エチニールエストラジオル)に関して、若い頃の長期接触と乳癌の危険率上昇の診断との間には、少なくとも10年の潜伏期があることを(決定的にではないとしても)示唆します…潜伏期は、出版された疫学的結果において表面上の不一致とされてしまうかも知れません…潜伏期を経た結果という概念は、乳癌に関する既知の疫学、放射能効果、ジエチルスベステロール(DES)との接触などに共通しています。195(DESはエストロゲンです。)
スウェーデンの研究者オルソン(Proceedings of the Annual Meeting American Society Clinical Oncology, 1989 )は、ヘルツ、ヴェッシー、ベラル、マックファーソン、シャピロの考えを実証しました。
現代経口避妊薬使用の危険率に関する研究は、まだあまりにも短すぎる潜伏期のために、後20年は待たなければなりません。196
さらに、Goodman & Gilman's The Pharmacological Basis of Therapeuticsの1975年版197も1990年版も198 ピルにとって不都合な(否定的)発見の数が少ないことは、「(乳癌に発達する)細胞の変化に必要とされる潜伏期を反映しているのかも知れない」と、注意を促しています。
オーストラリアの研究者ケヴィン・ヒューム博士は、「(乳)癌の発達には長い準備期間」が必要であると言っています。199 彼はさらに「新しい処方は、その最終的安全性宣言ができるまでに10〜20年ぐらい使用される必要がある」ことを示唆しました。200このような考えは、乳癌の潜伏期が20年以上あると主張したR.J.B.キング博士も支持しています。201
潜伏期に関して、強力な同意がかなりあることからしても、80年代初期になって、やっと健康障害が顕在化するのを期待するのは、論理的であると言えましょう。合衆国で、ピルは、1960年代初期まで販売されていませんでした。202そして60年代末から70年代初期までは自由に入手できませんでした。203ピルの入手が自由になってから5,10または20年経過した時点で、ヴェッシー(1972,1975,1979,1982)と他の研究者たちは、期間不足のために発見可能なほど発症していなかった疾病を、女性たちの間に探していたのです。簡単に言えば、必要な疫学的証拠がまだ入手不可能だったのです。この点は上記のマックファーソンもはっきり認めています(1987 )。
しかし、乳癌に潜伏期があると考えることの妥当性を、研究者が80年代に一致して認めていたわけではありませんでした。乳癌とピルに関するシュレッセルマンの論評(1989)で、彼は5編の論文を引用していますが、そのいずれも(10年またはそれ以上の期間にわたるピル使用者の)長期にわたる潜伏期について、言及していませんでした。204これはヘルツ、ヴェッシー、オルソン、マックファーソン、シャピロ、グッドマン&ギルマンに対する反論であるかのように見えようというものです。
しかし、シュレッセルマンが実際に、ヘルツ、ヴェッシー、オルソン、マックファーソン、シャピロに言及せず、グッドマン&ギルマンの意見を無視したことは驚くに値します。これら全員は、乳癌には長い潜伏期があることの可能性を支持していたからです。これら6編の反対論文への参照を取り入れていれば、彼の論文は乳癌の潜伏期に関してもっとバランスが取れ、その妥当性を考慮した医学文献であると評価されていたはずです。潜伏期を評価するオルソン論文(1989)の無視は、出版時期が重なったことによって説明できるかも知れません。シュレッセルマンとオルソンは、ともに1989年に論文を発表しています。
研究者間に意見の相違があることについて、わたしはうまく説明できません。それは本書の視野他にあります。わたしは単に潜伏期の作用に関する相違があるために、その考えが無効になることはない、という点に注意を喚起することを望みます。潜伏期が妥当でないと示唆することは、あまりにも権威ある研究に逆らうことになります。
3.3 統計学的方法論の欠陥
1970代初期から1996年の医学文献を読むと、データの収集と分析に影響を与え得る種々の統計学的変数(confounders)を意識するようになった(今もなりつつある)ことが、分かります。
データの解釈を曲げてしまうかも知れない要因の複雑さは、個人の罹病歴を思い出す能力(記憶バイアス)、彼女らの性と生殖に関する経歴、性病の既往症、最初の性交時の年齢、最初の妊娠時の年齢、初経の時期、ピルの使用開始時期、家族の罹患歴、社会経済的グループ、喫煙歴、十分な数の研究対象者と対照グループを募集できたか否か、などを含みます。
これら統計学的変数はすべて、データの正確な分析に顕著な影響を与えます。しかし、研究文献の「結果を論議」する部分から明らかなのは、すべての研究者が常にこれらの変数を考慮しているわけではないということです。 これは彼ら自身も認めるところではあります。
データ収集と分析に多くの要因があることが段階的に認識できたことは、疫学の数学的分野が次第に成熟してきたことを示します。疫学とは、人類が罹患する疾病の発生、分布、原因を調査するために統計的分析を使用する医学の分野です。205統計学的変数を分類、処理する能力は最近発達を見せている技術です。データ収集はもっと広範囲を対象にするようになりました。取り消しバイアスは次第に少なくなってきており、コンピューター上での再現プログラムは、さらに強力になっています。
パイクとヘンダーソン(1983)は、ピルと子宮頸癌に関する他の研究者による以前のデータとの相違を報告した際に、データ検討法のさらなる進歩の必要を認めています。この差異を説明するために、彼らはどのような理由を挙げたのでしょうか?
それがいかなるものであっても、25歳以上の女性が使用する混合経口避妊薬に関連する危険率の性質を理解するために、さらに詳細な分析が必要とされるでしょう。206
シャピロ(1986)も、ある種の統計学的変数に入念な注意を向けることが非常に重要であると語っています。
…わたしたちは、まだ乳房が急速に発育しつつある初経直後から経口避妊薬を使用し始める女性たちのような、一定のサブ・グループに関する適切な情報を持ち合わせていないのかも知れません。207
以上をまとめると、ピルと乳癌に関する初期の調査中のある種の不整合性を説明する二つの有力な理由があります。彼は10〜15年の潜伏期を考慮に入れる必要性、70年代と少なくとも1986年頃までのデータ収集、統計学的分析で使用される疫学手法の相対的未熟さを示しました(シャピロも見よ。New England Journal Med, 1986)。
3.4 ピル使用の期間
仮説のとおり、ピルが発癌物質として作用するのなら、女性がそれを長期にわたって使用すればするほど、期間の経過とともに、乳癌の危険率が高まるはずです。ですから、使用期間の概念は危険率測定と関連があります。
類推ですが、弱いX-線に長時間被爆すると、長期にわたる遺伝学的影響があり得ます。同様に、習慣的服用はその効果が累積するので、癌の危険率を一層高めます。
それでも、医学界において使用期間の原理が受け入れられてはいるものの、その概念を乳癌発生の重要要因として認めることについて、研究者の間には異論があります。使用期間の概念を受け入れたのは、ピルの長期使用者の欠如が自分たちの研究に見られる一つの欠点であったことを認めたヴェッシーと同僚たち(1979)です。
…わたしたちが面接した女性の中で、避妊ステロイドを長期にわたって使用していたのは、相対的に少数でした。209
使用期間仮説を支持したのは、乳癌診断の時点で37歳以下であった314人の女性について研究したもう一つのグループ、パイク&ヘンダーソンおよび同僚(1983)たちでした。ピル非使用者と比較して、25歳以下の場合、「高」含有量プロゲスターゲン・ピルを短期間つまり1〜24カ月を使用すると、乳癌の危険率は40%高くなり(RR1.21)、25から48カ月使用した場合は140%(RR2.4)高くなりました。5年間の長期使用の場合310%(RR4.1)の増加が見られました。210この研究で使用された「プロゲスターゲン強度」による分類システムの利点は、他の研究者によって疑問視されています。211
クリム・マックファーソン(1983)も、(特に最初の出産に至った妊娠以前の)使用期間が重要であることを報告しました。非使用者と比較した乳癌発生率は、1〜12カ月のピル使用者の場合は21%(OR 1.21)、13〜48カ月使用した場合は72%(OR 1.21)、49カ月またはさらに長期にわたって使用した場合は、211(OR3.11)%高かったのです。210
3年後、スウェーデンのメイリックと同僚たちも(1986)、7年間のピル使用後に危険が増加したことを示唆しました。しかし、彼らはそれ以内なら安全であるとしました。12年かもっと長期にわたって使用したときに危険が最大になると示唆したのです。
わたしたちは、7年間またはそれ以下の経口避妊薬使用と閉経前の乳癌の間にそれほどの統計的連関を見つけることができませんでした。しかし、7年以上、特に12年かそれ以上の長期使用のデータは、閉経以前の乳癌発症との関連を示唆しています。もっとも重要な発見は、線状の連続変数として定義された経口避妊薬使用の期間と乳癌の間にある統計学的連関でした。213 12年またはそれ以上の経口避妊薬使用の後で、乳癌の相対的危険率は2.2(120%増)でした。最初の出産以前に7年以上経口避妊薬を使用すると、乳癌の危険率(RR=2.0)が高まりました。これはぎりぎりで意味のある増加と言えます214(100%の増加)。
メイリックの調査にはもう一つ興味深い点がありました。それはピルを7年またはそれ以下使用した女性には、追加された危険率がなかったという点です。これはパイクとヘンダーソンの初期の研究と食い違っています。もし、当時、メイリックのデータが正確であったならば、彼の結論はいいニュースであったはずです。短期間のピル使用者たちは一種の「安全期間帯」にいて、長期使用者の心配から解放されたはずでした。
ある人たちはメイリックの結果の有効性を統計学的立場から批判しました。215しかし、メイリックの結果が、かなりの数の他の研究者たちの結果とも一致していた事実があるので、彼はこの批判に耐えることができます。
しかし、特にクレア・キルヴェールによる後の調査は、7年以内のピル使用なら危険がないというメイリックの発見を支持しませんでした。1989年5月6日号のLancetにキルヴェール博士は、36歳以前に乳癌にかかっていると診断された755の例について「経口避妊薬使用の期間にかかわりなく、乳癌の危険率はかなり高い傾向があった」(強調は著者)と報告しました。216 49〜96カ月ピルを使用している女性には、乳癌にかかる43%(RR1.43)の危険率上昇、97カ月(8年)以上の使用者には74%(RR1.74)の危険率上昇がありました。
キルヴェールはまた、乳癌にとってピルの初回使用時の年齢が重要な危険要因であることを報告しました。これは前述の関連要因の一つでもあります(若年時のピル使用と乳癌)。
American Journal of Epidemiology(1989)のミラーとローゼンベルグも、使用期間説を支持しました。この論文は10年のピル使用からわずか3カ月の使用にいたるまで、乳癌の危険率が100%RR2.095%CI, 1.4-2.9増加することを報告しました。217これは驚くべき結果です。さらに、10年以上のピル使用の場合では、その危険率が310%(RR4.195% CI, 1.4-2.9)増加しました。これは使用期間に正比例して高まる危険率説と調和する結論です。これらの劇的結果は、パイクが以前から言っていた「さらに念を入れた分析」の正しさを裏付けるものであると言えます。
もう一つの支持は、Cancer誌に発表されたハーヴァード公衆衛生大学(ロミユ、1990)の論評でした。
…事例対照の行き届いた研究群から合併したデータは、より長期にわたって経口避妊薬を使用していた女性にとって、閉経前に乳癌の危険率が顕著に上昇することを示しました。この危険率は最初の妊娠前に少なくとも4年間経口避妊薬を使用した女性の間で顕著でした(RR1.72; 95%CI1.36-2.19)。218
この相対的危険率は、乳癌にかかる危険が非使用者と比較して72%上昇することを意味します。
アメリカのワインスタイン(1991)219による論文も、ピル使用者にとってその長期の使用は、非使用者と比較して危険率上昇をもたらすことを指摘しました。
これは重要なことですが、オルソンと同僚たちは(Cancer Detection and Prevention, 1991)ピル使用期間と乳癌の危険率に関して、「それはピルの初回使用年齢と関連があり、それが低ければ低いほど一定の使用期間に対して(発癌)効果の増加が見られる」と報告しました。220例えば、初回のピル使用が20歳以下で、その使用期間が2年またはそれ以下の女性の危険率要因は2.7でしたが、同年齢の女性グループで2年以上ピル使用の経験がある女性の危険率要因は4.7でした。221これが明白な増加、明白な医学的メッセージでなくて何でしょうか? 今治療を受けている医学的状態(つまりピル使用)に伴っている乳癌の危険率が、その治療つまりピルが引き起こすかも知れない危険率より高いのでなければ、若年女性はピルなど使用するべきではありません。ということは、治療は決して病気よりも致死的であってはならないということです。
そして最後に、オランダの経口避妊薬と乳癌研究グループのルッカスと同僚たち(1994)が以下を報告してくれました。
わたしたちの発見は、経口避妊薬の長期使用が、乳癌の危険率と関連していることと、その関連が癌診断の年齢によって異なることを強く示唆します。若年女性(< 診断時で36)の4年またはそれ以上の経口避妊薬使用は、それ以下の期間の使用者と比較して2倍の危険率と関連していました。36歳から45歳までの女性の場合、使用期間と反応間の関係を見いだすことができませんでした。しかし、長期にわたる経口避妊薬使用(> /12年)は(非使用者と比較して)2倍の乳癌危険率と関連していました。222…わたしたちは既知の、または疑わしい乳癌危険率要因を、経口避妊薬と乳癌間にある関連の可能的交絡要因として考慮しました。これら交絡要因を調整すると一般的に推定相対的危険率の増加が見られました。このように、わたしたちが発見した否定しがたい関連はこれら交絡要因の測定誤差によって説明が付くものではありません。223
これらの報告をわたしたちは簡単に無視することができません。80年代初期からのあまりにも多くの研究者たちが同様の発見を観測し、発表してきています。ピル使用期間は乳癌病因学では無視できない要因です。
3.5 若年時のピル使用と乳癌
乳癌に関してもつれ合っている第三の論点は、若年でピル使用を始めた女性に見られる桁外れの危険率についてです。この側面は、上記の大半の証拠と同様、主流メディアで報告されることはあまりありませんでした。これは不思議であり、気になります。
若年時のピル使用と関連する乳癌危険率上昇に注意を惹起した主要な報告の一つは、パイク&ヘンダーソンと同僚によるもので、以下がその引用。
プロゲストゲン成分高含有の混合タイプ経口避妊薬を25歳未満で使用し始めると、乳癌との関連は際だって高くなりました。相対的危険率はこのような使用を5年続けると4でした…224(300%の危険率上昇)。
オルソンと同僚たちの報告(Lancet,1985)は以下のとおり。
20〜24歳で経口避妊薬使用を開始した女性には、非使用者と比較すると、46歳以前に乳癌にかかる危険率が3倍あります…わたしたちの結果は、若年時の経口避妊薬使用と乳癌の関連について報告していた以前の諸報告とも一致しており、若年女性による経口避妊薬使用に関して重大関心を要求します。(RR3.3,p< 0.001,CI 1.3-9.4)225(この年齢層に対する3倍の危険率上昇は200%上昇のこと)
オルソンが使用した言葉に注意して欲しいものです。「重大関心」は、医学雑誌などに見られる無味乾燥で冷静な書き方ならぬ激しい表現スタイルです。
しかし、80年代半ばに若年時ピル使用と乳癌の関係については、すべての研究者が報告したわけではありませんでした。「年齢」が乳癌発生の共通要因であることに同調しなかった研究者たちの中の一人が、サミュエル・シャピロでした。
最近、25歳未満の未産婦が経口避妊薬を長期使用すると(乳癌の)危険が高まるかも知れないと示唆されています…幸運なことに、癌とステロイドホルモン研究のデータが十分にあり、この年齢グループでの乳癌危険率推定値は統計的に安定したものであることが判明しています。226
医学文献を調べてみると、シャピロの所見は、若年のピル使用には癌の高い危険率が伴うという考え方を支持する研究の圧倒的多さと対照的です。この反対意見の典型がメイリックの研究(1986)です。彼は「経口避妊薬の長期使用は若年女性の乳癌危険率を上昇させるかも知れない」227と報告しました。この研究はパイク&ヘンダーソン、オルソンの結論とも一致しています。若年ピル使用—乳癌関係をさらに支持するのは、キルヴェールと同僚たちの研究(1989)です。それには以下の記述があります。「これらの結果は経口避妊薬使用と乳癌の危険率は、年齢が低いと関連があるという仮説を支持しています。」228
また、オルソンと同僚たちが出版した論評(1989)には以下の記述があります。
…異なる潜伏期から来るかも知れないバイアスを考慮するとき、若年の経口避妊薬使用の強調と共に、閉経前乳癌の高い危険率があることを示す一貫した結果が出ているように見えます。さらに、若年使用グループの乳癌発症に関する結果、腫瘍生物学、若年経口避妊薬使用者についての予後は、両者間には危険率という関係があることを支持します。229
「重大関心」「本当に」「一貫した」(オルソン、1985)などの言葉の使用には意味があり、ピルと癌の関連に関する著者の確信を示すものです。
オルソンによる第二の報告(1989)は、さらに、若年女性がピル使用を開始したときに陥る嘆かわしい情況を強調しました。「20歳以前に経口避妊薬使用を開始する女性の確率は5.8です。」230このように、20歳以前にピル使用を開始する女性にとって、非使用者と比較すると、乳癌にかかる危険率が480%高いということになります。
また、1989年に、ジョンソンはFamily Planning Perspective誌に論評を発表しました。その一部は、癌とステロイドホルモン(CASH)の研究の「新しい分析」を提供しました。前記のシャピロの研究のような、癌とステロイドホルモンの研究に関する以前の発表は、未産婦によるピル使用、もしくは25歳未満の女性によるピル使用には問題がないことを示唆していたものです。231ジョンソンは、シャピロが検討したのと同じCASHのデータを再分析して、十代でピルを使用したことのある女性には、非使用者と比較して、乳癌にかかる率が460%高くなったと結論しました。
…13歳以前に初経があり、8年かそれ以上ピルを使用していた未産婦には顕著な相対的危険率がありました。増加した危険率の大半は、ピルを十代に使用し始めた女性に限られていました。彼女たちの相対的危険率は非使用者と比較して5.6でした。232
1989年、英国で引き続いて発表された研究のお陰で、若年ピル使用と癌についての証拠の重みは増しました。Lancet誌への投稿は以下を指摘しています。「経口避妊薬使用の合計期間と乳癌の危険率との間には、49〜96カ月使用の場合、相対的危険率が1.43という顕著な傾向がありました。」23336歳以下の女性の場合、43%危険率が増加したということです。
これらの発見は、オルソンによるさらなる研究(Cancer,1991)が再確認しました。
175人の閉経前乳癌患者の中で、20歳未満の経口避妊薬使用歴は、より活発な腫瘍細胞増殖活動と顕著に関連付けられました。234
以前、ピルに反対するこの山のような証拠への反論は、乳癌の増加は進歩した診断技術の単なる反映でしかないと示唆して、ピルに不利な発見の価値を減じようとしたものです。二つの論文から、この結論の不正確さが証明されました。
第一、オルソンが1991年に出版した追加研究(Cancer Detection and Prevention)は、スウェーデンの若年女性に見られる乳癌の発生率増加が、診断活動の変化とかピル以他の危険率要因によるものである、とする考え方を否定し、それが「経口避妊薬使用によるものであり得る」と主張しました。235第二、同様な観察が、オーストラリアNSWのCancer in NSW - Incidence and Mortality, 1994 の中でなされました。この報告は「より早期の発見のためだけでなく、ここ数十年間の乳癌発生が『本当に』増加してきていることに関する心配に勢いをつけました。」236
次の年、以下のもう一つの研究が、スカンディナヴィアのランスタムによって発表されました。
20歳以前の経口避妊薬使用は、20〜25歳の使用よりもより高い危険率に関連しているように見えました。237
年齢に関係する問題点とそれが象徴する人間的苦しみを激しく非難する人々に、ランスタム(1992)はこのケースを短くまとめました。
…1970年後半と1980年代に、スウェーデンでは乳癌発症が増加してきています。現在、経口避妊薬使用は広がり、しかも高い率で十代にその使用が始まっています。238
1993年、ウィンゴ&リーは、若年ピル使用者にとって乳癌の危険は明白である、と報告しました。ただしこの研究で、その危険率は40%程度で、それほどのものではないとされていました(OR1.4, CI 1.0-2.1)。239他の研究ほど劇的ではありませんが、わたしだったら、40%の危険率でも受け入れがたいと言っていたでしょう。
そして1994年、オランダの癌研究所の報告もあります。そこの研究者たちは、非使用者と比較して若年使用者の危険率は2倍あると報告しました。
部分的にではあっても、特に20歳以前からの4年もしくはそれ以上の経口避妊薬使用は、若年乳癌の危険率上昇に関連しています。240
前述の諸研究は、若年ピル使用者が乳癌にかかりやすいことを示す強力な議論ではありますが、逃れることのできない「なぜそうなのかという疑問」にも答える必要があります。議論の余地はあるものの、もっとも説得力ある理由はすでに引用したオルソン(Cancer, 1991)のものです。
若年経口避妊薬使用者に、なぜ腫瘍細胞増殖と異数性腫瘍の患者の率がより高いのでしょうか? 一つの可能性は、若年時に誘発された腫瘍は正常の細胞増殖を反映するので、正常な乳房上皮での増殖率が低い成人に誘発される腫瘍より、高い増殖率を示します。このようにして、正常な乳房での細胞増殖は、十代の少女においてもっとも盛んであることが分かっています。241
この仮説は、若年女性にピルで誘発された腫瘍が、同じくピルによって誘発された成人女性の腫瘍発達よりも早い速度で「発達」し続けることを示唆しました。これは、成人女性と比較して、若年女性の乳房組織が自然の仕組みでより早い細胞発育を遂げることを反映しています。それはあたかも若年女性の急速に発育する乳房組織が、腫瘍によって強奪され、細胞発育の「正常」率と見なされてしまうようなものです。ですから、オルソンが「この記事中の所見は、若年で経口避妊薬使用を開始した患者、もしくは流産とか妊娠中絶した患者を再度診察することを促す」242ものである、と忠告するのも当然なことです。これは興味深い仮説ですが、概念だけで理解するのは困難かも知れないので、理解を助けるために、以下の様式化ダイアグラムを見て下さい。
オルソン、ランスタム、その他の考え方は、ピルが25〜59歳のアフリカ系アメリカ人の乳癌危険率にもたらす影響を研究したパーマーと同僚たち(1995)からも、支持されました。このグループの浸潤性乳癌524例が、1021人の対照グループと比較されました。研究者たちは、45歳以下の女性にとって、3〜4年のピル使用による乳癌の危険率上昇は、非使用者と比較して180%であることを突き止めました。45〜59歳の女性にとってピル使用に危険は伴わなかったことに、著者たちは気づきました。
これらの発見は、白人女性に関する諸研究からの証拠と、経口避妊薬の中期もしくは長期使用に起因する乳癌危険率上昇を示唆した、黒人女性に関する最近の研究とも合致します。243
1995年にも、「本来なら日常の飲食物と癌発生の関係を検査する」オランダからの研究が、35歳以下で初めてピルを使用した女性に30%高い危険率があることを報告しました。244この結果はそれ自身としても価値がありますが、それが研究者たちからほとんど偶然に発見されたということからも注目に値します。
彼らの観察によると、
体外性ホルモン使用とその結果としての乳癌に関するこの研究には、二つの重要な欠点がありました。その一、その年齢層(55〜69歳の対象が選択されていました)では、比較的少数しか経口避妊薬を使用したことがありませんでした。経口避妊薬がオランダ市場に導入されたのは1960年代初期でした。わたしたちの対照群でもっとも若い女性たちでさえ当時30歳以上でした。その二、そもそもの関心が日常の飲食物と癌発生の関係でしたから、経口避妊薬もしくはホルモン補充治療法(HRT)としての体外性ホルモン使用に関する質問が、簡単だったのです。245
研究者たちが不適切に計画された研究であると認めているのに、ピル使用の若年女性に対する乳癌の30%の危険率上昇という結果は、疫学の第一法則を確認するものです。
…もし因果関係が大きければ、生きた人間についての観察研究の方法、分析、、解釈に多少の問題があったとしても、それは必ず表面化するものです。246
1996年、ローゼンバーグと同僚たちは、American Journal of Epidemiologyに25〜59歳の白人女性3540人について研究を発表しました。彼らが使用したのは1977〜1992年、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィアの病院から入手したデータでした。24725〜34歳の女性にとって、ピル非使用者か1年以内の使用者と比較して、1年以上ピルを使用した場合、70%の危険率上昇が見られました。「これらの結果は、若年時の経口避妊薬使用と乳癌の危険率上昇の間にある関連の証拠を強化するものです。」248
1996年、オルソンと同僚たちも、若年女性の体がピルの発癌力に対する抵抗力が弱いことを示す「最新の」研究を発表しました。研究者たちは、乳房整復手術をした58人の女性から摘出された乳房組織を検査しました。その目的はサンプル間で細胞増殖の率が異なっているかどうかを調べることでした。これは重要な問題でした。その理由は以下のとおり。
ある器官の中での増殖率と腫瘍発症の傾向には関係があるので、正常な乳房上皮の増殖に影響する要因についての知識は、乳房発癌の決定的進行過程の理解に欠かせません。249
各女性は面接を受け、初経時の年齢、月経周期の特徴、家族の病歴、出産の有無、妊娠中絶の経験、薬品とホルモン使用について質問されました。研究者たちはいくつかの重要な結果を入手できました。
●出産に至った初回妊娠前に経口避妊薬を使用した女性には、非使用者と初回出産以後に使用を開始した女性と比較して、顕著に高い増殖率が見られました。250
●特に高い増殖率が見られたのは、家族に陽性の(癌の)病歴があり、現在ホルモン使用をしている女性においてでした。251
●20歳以前の経口避妊薬使用、出産に至った初回妊娠前の経口避妊薬使用は、比較的高い増殖率と関連していました。252
これらの結果は、オルソン、その他による以前の研究と合致してはいますが、著者たちは、対象女性の数が少ないので、結果が単に「暫定的」と見なすべきであると言っています。
最良の慣例医学的観点からすれば、若年女性に少女雑誌、友人からの圧力、両親の誤った指導を通じてのピル推進は、客観的に、正当化が難しい危険な医学的選択でしかありません。もしピルが性病予防になるとか、十代妊娠回避になるとかいうことで、こんなやり方を正当化しようとするのであれば、この社会的実験が惨めな失敗であることを明らかに証明する証拠は、いくらでもあります。
Lancet誌(1995)の呼び物記事が、現在の「妊娠回避」政策の人口学的社会学的影響についての啓発的記事を掲載しました。それは反論が困難な模範的論理です。この記事は読者に一読をお勧めしたいものです。
経口避妊薬は非常に効果的な妊娠予防ではありますが、意図しない十代妊娠を減少することを狙った数多くのプログラムは、経口避妊薬の入手を容易にしました。しかし「ピル」が信頼に値する産児制限法であるとする一般に普及した認識は、この年齢グループに関してほとんど効果がありませんでした。253
それだけではありません。…北米に関しては、過去30年にわたって、特に十代と若い大人の女性の間に、かつて見られたことのない性病の蔓延が見られます。254ですから…医師と政策決定者たちは、技術的手段(ピル)による危険減少が、まずは第一の問題行動を調査し、是正することなく、強調され過ぎていなかったか考え始めなければなりません。255
著者たちは、続けて、アメリカの市町村が、ピル推進以他の戦術に重点を置いて十代妊娠を減少するプログラムを採用してきていることに触れています。
ある市町村は、高校生の性に関連することがらについての知識を増す目的の他に、十代の若者たちに性的活動を延期するよう勧めるというはっきりした目的によって直接に行動を変化させる教育的戦術を実行してきています…次の年度の終わりまでに、このプログラムに参加したグループは、性的活動にかかわった女の子が少なくなったので、妊娠率が下降しました。このイニシァティヴの成功の結果、合衆国連邦政府は婚外出産率がもっとも高い1000の高校を対象に3億ドル支出して、このプログラムを基本にして自分たちのプログラムを工夫させることにしました。256
以上の証拠に基づいて言えるのは、十代と若年女性へのピル投与は倫理的に許されないということです。
3.6 年齢と乳癌の予後
若年女性の乳癌にかかり易さの問題に重ね合わさるのは、一度罹患すると、これらの女性たちには再発の可能性があることを示す研究です。スウェーデンの研究者たちがこのユニークな問題をある程度詳しく報告してくれました。オルソン(1989)によると、
…若年時経口避妊薬使用で乳癌にかかった女性の乳房腫瘍は、もっと大きい傾向があり…大人になってからの使用者とか非使用者と比べると、予後は悪いです。257
この研究・発見は後にランスタムによって確認されました(1991)。以下に一部を引用。
…20歳以前に経口避妊薬使用を始めた女性の5年間生存率は62%でした。20〜25歳の場合は78%、非使用者と25歳以降に使用を始めた女性の場合は86%でした。258
簡単に言えば、ピルを使用していなかった腫瘍患者と比較して、診断時の年齢が若ければ若いほど、彼女たちが5年以内に死亡する可能性が大きいということです。
ランスタムの研究を支持するのは、オルソンのもう一つの研究(1991)です。
…若年経口避妊薬使用者において、腫瘍増殖度と異数倍数体(染色体数が正常でないこと)の頻度の高さは、以前報告されたより悪い予後指標と若年経口避妊薬使用者のその他の若年乳癌患者と比較して悪い生存率と同じことを示しています(強調は著者による)。259
オルソンは、ピルが若年女性ピル使用者の乳房組織の染色体異常の原因になったと言っているのです。この結果は、これらの女性にとって「最悪の生存シナリオ」に関する以前の発見と一致しています。
「若年経口避妊薬使用者の生存率低下」を助長した要因の一つは、「腋への転移の比較的多い発生」でした(オルソン、J Natl Cancer Inst, 1991)。260 つまり、若年ピル使用者は、非使用者と比較して、腋下リンパ線のあたりにさらに広がった腫瘍に冒されるということです。
部分的には「最低生存率」もしくは、若年ピル使用者の死亡率を解明する別の研究で、オルソンと同僚たちは(Cancer Detection and Prevention, 1991)、20歳以前にピル使用を始めた女性の死亡率は「健康な」同世代の非使用者と比較して、820%高いことを報告しています。20〜25歳でピル使用を始めた女性の死亡率は「健康な」同世代の非使用者と比較して、180%高かったのです。261
オルソンは「若年経口避妊薬使用が閉経前の乳癌の危険率を高める」という発見の考えられ得る原因を推測した結果、以下の二つだけに考え当たりました。
a)(ピルに含有されるような)諸合成ホルモンは、正常な乳房組織の中にある細胞の分裂と成長に直接影響があるかも知れないということです。この合成ホルモン効果が「発癌の可能性を高める」のかもしれません。263
b)「もう一つの可能なメカニズムは、若年経口避妊薬使用がホルモンシステムまたは成長要因を永久的に変更してしまうことを含むのかも知れません。」264
以上の結果を見れば、この状態は薬品が女性の身体に誘発する野蛮行為であると位置づけられると示唆するのは冷静な議論の域を越えていません。わたしの意見では、若年女性、特に思春期初期の子供へのピル推進は一種の児童虐待です。オルソンの忠告にもかかわらず、若年女性の健康を裏切るこの嘆くべき行為について、だれも何も言おうとしません。オルソンを以下に引用します。
…この記事中の所見は、若い中から経口避妊薬を使用したり、流産とか妊娠中絶の経験がある患者を早急に再検査するよう促すはずです…そうすれば、若年使用者グループの細胞増殖は正常より高く、異数倍数体的腫瘍が多いことに気づくでしょう。265
3.7 出産と乳癌
疫学で、出産歴とは無事に出産した子供の数による女性の分類です。266この定義は、産科学で使用されるのとは少し異なっています。産科学では生産と妊娠28週間以内の死産両方の数を出産歴といいます。267出産経歴のない女性を未産婦と呼び、出産経験のある女性を経産婦と呼びます。いくつかの研究は、出産がピルに誘発される乳癌から女性を守ることを示しています。
メイリック、ファーリー、同僚たちは、Contraception(1989)にこの研究を発表しました。268 彼らは、8年間ピルを使用していた未産婦を、非使用者である未産婦と比較しました。後者と比較すると、前者には330%高い乳癌の相対的危険率(RR4.3)があったのです。
次に、研究者たちが、8年間ピルを使用した経産婦を非使用者である経産婦と比較してみると、ピル使用者には非使用者と比較して70%高い乳癌の危険率(RR1.7)がありました。
最後に、研究者たちはピル使用が出産後にもたらした結果について報告しました。
…最初の出産後、経口避妊薬を12年間もしくはそれ以上使用していた経産婦は、経産婦の場合、相対的危険率は3.0(CI 1.3-7.4)(危険率上昇200%)でした。269
以上は出産がもたらす恩恵をはっきりと証明しています。出産後12年間のピル使用は、未産婦が8年間ピルを使用した場合よりも危険が少ないのです。研究者たちは以下のように結論づけています。
8年間の経口避妊薬使用後に、未産婦には12年間ピルを使用した経産婦よりも高い相対危険率があります。ですから、わたしたちの所見によれば、出産は経口避妊薬によって誘発される可能性のある危険率上昇を低くするのかも知れません。270
妊娠に伴うホルモンには、特に若年女性にあっては、発育しつつある乳房組織にピルホルモンが加えたかも知れない有害な細胞損傷を、「訂正」もしくは「阻止」する傾向があるように見えるようです。
メイリックの所見への支持は、ラッシュトンからも来ました(1992)。
…若年の未産婦で経口避妊薬長期使用のサブグループの乳癌の危険率は、20%ほど上昇するかも知れません。271
ですから、もし女性が子供を産めない、もしくは生む意図がないのであれば、少なくとも、ピルを使用しないように強く勧めるべきです。経産婦の場合でも、強く注意を促すことが必要でしょう。
出産の有無、年齢、乳癌の関係にまつわるもう一つの側面は、マサチューセッツ州ボストンのハーヴァード大学医学部グラム・コルディッツ博士によって検討されました。彼は以下を報告しています。
…初産時の(母親の)年齢とそれ以降の出産の間隔は、乳癌の危険率を予知します。初産以降の出産に間隔が短いと、乳癌の危険は低くなります。272
コルディッツ博士が若年時に初産の体験がある多子の母親を、高年になってから一人だけ子供を産んだ母親たちと比較してみると、両グループが70歳になったとき、乳癌発症危険率は、若年時に初産を体験した多子の母親の方は50%も低かったのです。
興味深いことに、コルディッツ博士は、女性の初回妊娠は乳癌の危険率を一時的かつ短期間ではあるが増加させるというのが定説になっていることに、注意を喚起しました。危険率のこの一時的増加に対抗するのが、この一時的に増加する危険率と無関係の2番目、とそれ以降の妊娠なのです。実に、2番目とそれ以降の妊娠は乳癌か母親をさらに保護します。273
3.8 遺伝学と乳癌
1992年、南カリフォルニア大学のギスケ・ウルシンによって出版された論文は、癌研究の最重要課題、つまり遺伝学的素因が癌発生に果たす役割と、もし果たすとすれば、それを統計学的に把握できるか、という問題に取り組もうとしていました。
この関心に対する医学的正当さにはかなりのものがあります。「…細胞遺伝学の新しい諸技術は発癌物質、だれの中にでもある…腫瘍の遺伝子の存在を、文字通り、確認しています。」274
中心課題は、ピルが、どの程度癌遺伝子に「スイッチを入れる」環境的発癌物質であるかということです。メルクマニュアル(1992)が指摘したように「ほとんどの悪性腫瘍は、環境的発癌物質にしばらく接触したことのある遺伝学的素因のあるある個人に発生します。」275
ウルシン博士の研究は、ピル使用の経験があり、閉経前に左右乳癌と診断されていた149人の女性を対象とするものでした。同数の対照グループとして、研究者たちは乳癌にかかっていない彼女たちの姉妹を登録しました。姉妹を巻き込んだこのユニークな研究は二つの重要な利点をもたらしました。
第一、姉妹であれば同じ遺伝学的両親がいるので、特定の環境的発癌物質がもっと正確に測定できます。第二、対照グループは乳癌にかかっていない姉妹たちなので、ピルについての不利な発見が簡単には見落とせません。乳癌にかかりやすい遺伝的素因は乳癌にかかったピル使用者にも、乳癌にかかっていない遺伝学的には似ているはずの姉妹である非使用者にも同じである、と推定するのはそれほど的外れではないと思われるからです。
研究者たちは、自分たちの研究にはいくつかの欠点があることは認めました。例えば、最初の出産以前からピルを使用している女性が少な過ぎること、エストロゲンの一種(エチニルエストラジオル)を使用していた女性が少な過ぎることなどが、それに当たります。しかし、研究者たちはそれでも統計的に以下の結論を得ることができました。
…分析を経産婦に限ると、経口避妊薬使用者には2.1の危険率がありました(110%の危険増)。これらの結果は経口避妊薬使用に関連した閉経前左右乳癌の危険増を示唆します。276
研究対象とそのコントロールつまり姉妹には、類似した遺伝的素因があると推定されるので、大方の乳癌発症率は、ほぼピルの発癌性に帰せられると考えてもいいでしょう。ピルが発癌物質を活性化したのです。
このトピックのまとめとして、1992年、ルンドと同僚による以下の文章が正確に医学的文献を反映しているように思われます。
過去数年にわたって、意見の変化が起きています。現在、ほとんどの論評家は、長期にわたる経口避妊薬使用は閉経前乳癌の危険増と関連があると考えます。277
この考え方は、女性の性と生殖に関する健康状態を専門とし、オーストラリアNSW家族計画協会の医学部長であるエディス・ワイスベルグ博士の意見とは正反対です。1994年、彼女は以下を書いています。
反対の意見にもかかわらず、多くの女性はピルが癌の原因であると確信しています…ピルについては間違った情報が出回っています。278
人間の性に関する分野における二人の専門家によって言われていることに関して、女性たちが混乱してしまうのはやむを得ません。両方の言い分は明らかに相反しているので、両立しません。どちらが正しいのでしょうか? もちろん、科学的証拠の重みはルンドの主張する多数意見に傾いています(1992)。
3.9 母乳養育と乳癌
以上のような「悪い」ニュースは、適切に対処されると役に立ちますが、同じく「良い」ニュースを無視すれば、それは無意味になってしまいます。
ですから、母乳養育の防護的効果に関するキルヴェールとパイク(Br J Cancer, 1992)の決定的発見などは、大いに啓発されるべきです。
母乳養育合計期間と母乳養育した子供の数には、保護的効果があるという決定的傾向が見られました。乳癌の危険は母乳養育しなかった子供の数と比例して増加しました。279
さらに、
母乳養育は、子供の利益のためと母子の絆を強めるためとに推進されています。たぶん、今やそれが閉経前乳癌の危険を減じる意味で、母親の利益になるかも知れないと示唆するときなのでしょう。280
3.10 乳癌の発生と死亡率
ピルと乳癌の間に関連があるとする主張する人たちがいます。彼らの言い分が間違いなく真実であることを証明するためには、長期的かつ多数の女性に対する発癌率を知る必要があります。この点は、もし癌の危険があるとすれば「間違いなくわたしたちは感づいていたはずである」281と発言したと言われる、エディス・ワイスベルグ博士のような女性生殖に関する健康状態の分野の専門家たちも認めています。
「感づいて」いても、実はおかしくなかったのです。NSW癌委員会は「1973〜77年そして1988〜91年、年齢別に標準化した(乳癌の)率は25%…死亡率は6%上昇しています。」282グラフ3aは年齢別に標準化した乳癌発生率です。1992〜94年の数値も追加されてあります。
1972〜1993年の年齢別乳癌発生率を示す3bのグラフも同様に重要です。一見して、30〜34歳以他の各年齢別グループは、1972〜93年の21年間に年齢別乳癌発生数が増加しているのが分かります。
グラフ 3a 年齢別乳癌発生数(1993.NSW)283
グラフ 3b 10万人についての年齢別乳癌発生数(オーストラリアNSW)1972年(左)対1993年(右)
Y「発生数の軸」の尺度の関係で、グラフ3aから明らかにならないのは、1972年対1993年の20〜24、24〜29歳グループの乳癌発生数です。20〜24歳グループの乳癌発生数は21年間で600%増加しました。1972年に100,000人に0.5例だったのが、1993年には100,000人に3例になっています。25〜29歳の年齢グループにとっても発生率は急上昇しています。1972年には100,000人に3.3例だったのが、1993年には100,000人に7.9例に増加しています。これは100%以上の増加です。これらの数値を抜き取ってグラフ3cにもっと詳細に示してあります。1982年の各年齢のデータも付け加えました。1982年のデータを含めたことは1972年対1993年のデータに文脈的視野を与えるものです。補遺7に、これらのグラフを作成するために使用したすべてのデータを掲載してあります。
グラフ3c 1972、1982,1993年、女性100,000人(オーストラリアNSW)あたりの年齢別乳癌発生数
各年齢別グループと年に対する乳癌診断数が少なかったので、これらの数値を過度に信頼するに当たっては幾分か注意を要します。しかし、グラフ3aに見られるように、全般的に言ってかなりの増加があることには、間違いありません。
これらの出来事をどう説明できるのでしょうか? 発生率の増加は、定期的乳癌検査の必要性を皆が認めるようになった結果なのでしょうか? 確かにそれもあるでしょうが、それが答のすべてでしょうか? 前に指摘したように、The Cancer in NSW Incidence and Mortality 1994の報告は、検査計画実施による増加だけでなく、乳癌発生数の「本当の」増加があったことに気づいていました。284増加した発生数は、発育中の乳房組織が合成ホルモンの効果にもっとも敏感であることが証明されている、十代初期から十代後半に、ピル使用を開始する女性によるものであるのではないでしょうか?
つい最近、シドニー乳癌研究所も「この病気の発生は増加しつつある…」285と報告しています。アメリカの状態もオーストラリアのそれと変わりません。毎年の乳癌年齢別発生率(1981〜1985)は、女性が20歳を越えると急増するのが見られます。Media-Medicosもこのデータを実証しています。The Media Tracking Serviceは、最近、乳癌には「1980年代半ばから毎年3%の上昇」があることを報告しました。286
米国で、女性が一生の中に乳癌にかかる確率は8分の1です。オーストラリアでは16分の1、そして日本では50分の1です。287これら乳癌の国際的差異をある人たちはアメリカの高脂肪食で説明しようとしました。288日本の数字を、日本が1997年末現在までピル使用を合法化していないという事実のせいにするのも、等しく説得力ある議論です。
グラフ 4 1981〜1985年、米国女性100,000人の年度と年齢別乳癌発生数289
以上のグラフ、特にウルシンの研究(1992)は、アスベストス、マスタードガス、たばこの煙、砒素など既知の製品とか太陽輻射と並んで、混合経口避妊薬を発癌物質として挙げたInternational Agency for Research on Cancerの報告とも一致しています。290
それだけではありません。西オーストラリア大学の公衆衛生学部助教授コンラッド・ヤムロツィック博士によると、2005年までに乳癌発症は25〜33%増加します。彼は、この問題の原因になっている種々の要因の中に、「経口避妊薬の大量消費」を挙げています。291
要約として、本章の最初の部分を再び引用しましょう。政府認可の情報が命にかかわるこの問題の医学的研究の実体をどれほど反映しているかは、皆さんが判断して下さい。
現在、人間を対象にした研究を見ても、癌の危険率上昇が経口避妊ピルに関係しているとする確認された証拠はありません。179(政府認可薬情報 - Trifem - 1996)292
今、政府筋の担当者には厳しい質問をしても良い時期ではないでしょうか?
3.11 要点
1 若年女性のピル使用には乳癌、より大きい腫瘍、悪い予後の危険率が伴います。
2 妊娠は乳癌から女性を保護します。しかしその本来の保護的効果は、長期ピル使用によって大幅に減少します。
3 母乳養育には保護的効果があります。
4 オーストラリア最大の州NSWで乳癌発症が増加しつつあります。これはアメリカの同様な傾向を反映するものです。
5 ピルは、女性の遺伝的素因と関係なく発癌物質として作用します。