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教皇代理エドモンド・ショーカ枢機卿の説教

聖フランシスコ・ザビエル渡来450周年記念ミサ

九月十一日鹿児島アリーナにて

枢機卿さま、パウロ糸永真一司教さま、司教さま方、ならびにキリストにおけるすべての兄弟・姉妹の皆さま

「…わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです」(一コリント9・16)

第一朗読で耳にしたばかりのこの聖パウロの感動的な言葉は、今日のわたしたちの記念祭の理由を具体的に表現しています。パウロはキリストへの信仰と愛に満たされていたので、福音という救いの知らせを宣べ伝えずにはおれませんでした。パウロは衝動に駆られていました。キリストとその救いをもたらす使命に対する衝動、キリストの救いをもたらす愛をすべての人に伝えたいという衝動に駆られていたのです。パウロは使命を持っていました。わたしたちの主イエスご自身から託された特別の使命を持っていたのです。それを遂行することは宣教者になることを意味しました。

聖フランシスコ・ザビエルを日本へと駆り立てたのは、この同じ信仰、同じ愛、同じ熱意、同じ衝動でした。今日、わたしたちは、四百五十年前、一五四九年八月十五日の聖フランシスコ・ザビエル鹿児島渡来を盛大に祝っています。

この特別な記念祭に、教皇ヨハネ・パウロ二世は、聖下の代理としてわたしをこの場に派遣されました。聖下はみなさまに聖下の名において挨拶を送り、聖下の愛をお伝えするように、また、みなさまのこの偉大な国に初めて福音を宣べ伝えた偉大な宣教師聖フランシスコ・ザビエルのために、鹿児島と日本の全教会と一緒に神に賛美と感謝をささげるようにと頼まれたのです。

聖下の特使として日本を訪問するのは、今回が二度目になります。わたしは一九九七年二月五日、日本最初の殉教者、長崎の西坂の丘で十字架につけられた日本教会の最初の二十六人の勇者たちの記念のために、聖下の特使を務めました。

その訪問はわたしには深い、そしていまなお続く感動を与えました。その機会にお会いした司教、司祭、修道者、信徒の方々の信仰と愛、忠実と誠実さに、わたしは深い感銘を覚えました。そして、今日、同じ経験をしています。

聖フランシスコ・ザビエルが日本にもたらした信仰は、この国に四百五十年間存在し続けています。ザビエルは日本にわずか二年あまりの間滞在しました。しかし、ザビエルはその短い期間に、鹿児島、市来、平戸、山口および府内にキリスト信者の共同体を創設しました。彼が去った後、日本にはおよそ二千人のキリスト信者がおりました。それからわずか六十五年後の一六一四年には、四十万人以上ものカトリック信者が日本に存在したのです。

最初の殉教以来、二百七十六年にわたるキリスト教の迫害が続きました。日本は、男と女、子どもたち、司祭と修道者たちからなる幾千人もの殉教者たちの血で洗われてきたのです。彼らは信仰を捨てるよりもむしろ自分の命を与えました。死に至るまでキリストを愛し、この地上のいのちを超える幸せないのち、永遠のいのちへの確信を抱いて死んで行きました。

日本には、二百年以上もの間、一人の司祭もいなかったのです。それにもかかわらず、信仰は潜伏して生き続けました。親から子へと伝えながら生き残ったのです。

この百年間、教会は日本において信仰の自由を保証されています。初めの三百年の圧迫と迫害は終わりました。しかしながら、日本の教会は依然として福音の問題、弟子であることの問題、まことの宣教の熱意の問題に直面しています。キリスト信者は日本人の一%にも満たない小さな群れです。日本人の大部分は福音のよい知らせをいまだに耳にしていません。大部分の人々はイエスが神であり、救い主であること、また、イエスがわたしたちに新しいいのち、恩恵のいのち、神の愛のいのち、神との親しみ、罪の赦しをもたらしたあがない主であることを知りません。多くの人々は、神がわたしたちをこの世のいのちを超えるいのち、絶えることのない幸福の永遠のいのちに定めておられることを、知りません。

聖フランシスコ・ザビエル日本渡来の記念祭は、わたしたちすべてにとって、特別な恵みの時であるに違いありません。この記念祭は、イエス・キリストの福音のよい知らせを宣べ伝えるようにとわたしたちを促す、新たな精神と熱意への呼びかけとなるでしょう。キリストへの愛のためにこの国で命をささげた幾千もの殉教者を彩る勇敢さと同じ勇敢さによる福音宣教、先祖たちを彩るその同じ熱意による福音宣教への呼びかけとなるに違いありません。

教皇ヨハネ・パウロ二世は、教会に与えられた変わることのない宣教の使命に関する回勅「救い主の使命」において、教会のすべての構成員は、各自の具体的な生活形態に適った仕方で、宣教者となるべく招かれていることを思い起こさせています。

聖下はこう述べています。「宣教の使命の招きは、その本質からして、聖性への招きに由来します。宣教者は、ただ聖性への道に献身する時にだけ真に宣教者であるのです。…聖性への普遍的な招きは、宣教への普遍的な招きと密接につながっています。すべての信者は、聖性と宣教に召されています。」(「救い主の使命」90項)

聖下は、続けて、わたしたちみなが、生活のあらゆる日々において自覚すべき事柄を述べています。

「愛する兄弟姉妹の皆さん。初期のキリスト者の共同体がもっていた宣教者の熱意を思い起こしましょう。当時の旅行や交通のための限られた手段にもかかわらず、福音の告知は速やかに地の果てまで及びました。これは十字架上で亡くなったひとりの人の、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かな宗教でした。」(90項)

聖フランシスコ・ザビエルが、現代的ないかなる手段も持ち合わせないまま、わずか二年という短い期間に日本でなし遂げたすべてのことを考えてみてください。今日のわたしたちは、どんなに、もっと効果的に果たすことができることか。しかしながら、効果的であるためには、わたしたちは聖下の次の言葉を心に留めなければなりません。

「諸国の民に宣教する使命の新たな推進力のためには、聖なる宣教者が必要です。司牧上の方法を新しくし、教会の資力を組織したり整理したり、あるいは信仰の聖書的、神学的基礎に向けて深く掘り下げることだけでは不十分です。宣教者たちの間で、またキリスト者の共同体全体にわたって新しい聖性の情熱を奨励する必要があるのです。」(90項)

兄弟姉妹のみなさま、聖フランシスコ・ザビエル渡来のこの記念祭は、聖性への新たな招き、ザビエルを日本へと導いたと同じあの聖性への新たな招きなのです。わたしたちの宣教の任務は終わっていません。それは始まったばかりなのです。そしてその任務は、わたしたち—司教、司祭、修道者、信徒であるわたしたち一人ひとりの聖性と熱意にかかっています。人々が心と精神を開き、救いのよい知らせを聞いて受け入れるに至る、卓越した証を提供することができるのは、ひとえに、わたしたち自身がカトリック者としてキリスト教生活を深く、十全に生きるということによるのです。

現代世界でキリスト者として生きることは容易なことではありません。それは困難であるでしょう。いつも難しく、挑戦であり、十字架であることでしょう。主ご自身が言われました。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(ルカ九の24)。そうです、キリストに対する忠実は十字架を意味します。しかしそれは喜びの欠如、幸福や希望の欠如を意味するのではありません。いつまでもわたしたちと共におり、わたしたちを支える恩恵を与えると保証してくださったのは、その同じイエスでした。イエスはこう言われます。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである」(マタイ十一の30)。

兄弟姉妹のみなさま、わたしたちはこの大いなる機会に、聖フランシスコ・ザビエルをこの偉大な国にお送りくださったことを、神に感謝いたします。わたしたち一人ひとりがいただいた信仰という最も大切な賜物を感謝いたします。みなさまは、みな、深く、そして確かな信仰をお持ちです。その信仰を愛と忠実をもって生きておいでです。この記念祭が聖フランシスコ・ザビエルの宣教の熱意をみなさまのうちに深めますように。この記念祭が信仰に生きる勇気、聖性のうちに生きる勇気、福音を告げるために生活を証とする勇気をみなさまのうちに深めますように。イエスは、かつて偉大な使徒であり宣教者であった聖パウロに語られたことを、今日、わたしたちに語っておいでです。「恐れるな。恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたとともにいる」(使徒行録十八の9—10)。

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