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自然に基づく家族計画(NFP)はカトリック的選択

クリスとトゥリスタン・モスマイヤー

避妊に関して教会は常に明確に教えてきました。人工的産児制限は新しい生命誕生の可能性を阻み、夫婦の一致を阻害するので、人間の性を汚します。それにもかかわらず、教皇パウロ六世が回勅『フマネ・ヴィテ』で伝えようとしている性に関する教えに、多くのカトリック信者は従おうとしません。

回勅『フマネ・ヴィテ』の中で教皇パウロ六世は次のように教えておられます。「きずなをはぐくむ側面と生殖にかかわる側面は不可分の関係にあり、両側面とも婚姻行為に内在します。神がお定めになったこの関係を人が恣意的に破壊することは許されません」。

ダラス大学教授のジャネット・スミス博士には、回勅『フマネ・ヴィテ』についての著書や記事が数多くあります。一九九八年三月、博士はダラス・モーニング・ニュースに避妊の危険について論説を寄稿なさっています。家内のトゥリスタンとわたしも、教会が許可している唯一の方法である自然に基づく家族計画法に関して同紙に投書したところ、運良くそれが四月五日に掲載されました。以下にそれをご紹介させていただきます。

編集長様

先週日曜日のダラス・モーニング・ニュースに、避妊に関するジャネット・スミス博士のコラムがあるのを見て、心から嬉しく思いました。多くの人たちがあのコラムを読み、それ以前考えたこともなかった可能性に心を開くことを希望します。

わたしたちは新婚夫婦で、もうすぐ子供が産まれることになっています。それを聞きつけた多くの人たちが、わたしたちが使用している避妊法がどれなのかとか、子供が産まれた後で使用することにしている避妊法は何なのか聞き出そうとするのです。

善意からではあろうと思うのですが、これらの人たちが言外に言いたいのは、わたしたちが失敗したのではないのかということなのでしょう。わたしたちがNFPに頼り続けるつもりであると答えると、彼らはわたしたちに次の赤ちゃんがすぐ産まれるだろうと思うようです。「ハニムーンで何か失敗があったの?」とか「計画通りにいかなかったの?」と臆面もなく聞くのです。両方の質問に対する答えは「とんでもない」です。

まず、わたしたちは二人とも子供が産まれたのは運が悪かったからだなどとは思っていません。子供は神の祝福であって、決して重荷などではありません。人工的産児制限の底にある前提は子供を生むことができるのは不幸なことであるとか、子供は生まない方がいいということです。次に、計画が失敗したのでもありません。スミス博士が説明したように、NFPは女性が受胎可能になる徴候を観察し、子供を生む準備ができていなければ夫婦の交わりをそのときは控えるということです。家内には受胎可能の徴候があったわけですから、彼女が妊娠するかもしれないということは分かっていました。

もちろん、禁欲は簡単ではありません。だからほとんどの人たちはNFPをいやがるのです。しかし、そういうときにわたしたちは自分たちにとって何が一番大事であるか話し合うのです。そういうときにわたしたちはそろそろ子供が欲しいのではないかなどと話し合うのです。

禁欲が困難であるという理由で、多くの人たちはNFPには信頼性がないと思いこんでいます。NFPを実行する人たちが少ないので、わたしたちは変わり者と思われています。このような思い込みの原因はNFPに関する無知に起因するのではないでしょうか? 

最後に、産児制限法の選択は夫婦のプライバシーに属します。ですから、わたしたちがNFPを選択するとすれば、それはわたしたちの勝手です。NFPを実践する夫婦が軽蔑されるいわれはありません。彼らは生殖過程について決して無知であるわけではありません。彼らは自分たちが望む目的に達する自然な方法を発見したのです。

敬具 

クリスとトゥリスタン・モスマイヤー

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