人工妊娠中絶は人工避妊メンタリティーの延長
人工避妊から人工妊娠中絶へ
ポール・マルクス OSB
Original title: From Contraception to Abortion
『フマネ・ヴィテ』研究会 成相明人訳
真実を見つめよう
ウィーンの心理分析学者ヴィクター・フランクルが、かつて、人間には自分を欺く無限の能力がある、と言ったことがあります。ヒットラーの強制収容所を、三度も脱出した彼は、人が、真実に対決して、それを受けとめることが、ましてやそれを実行することが、どれほど困難であるかを、雄弁に書いています。もし、だれかが真実に反して生き、行動し、語り、書いてきたとすると、それはもっと難しいことであるに違いないでしょう。
その良い例として、人工避妊が人工妊娠中絶につながることを認めようとしない司教、神学者、知識人たちを挙げることができます。その証拠がいくらでもあるのを、わたしは、30以上の国で見てきました。それらのどの国でも、例外なく人工避妊は人工妊娠中絶につながっていきました。さらに、人工妊娠中絶を始めると、その次は大規模な安楽死の先駆けである幼児殺害が始まります。性の目的が、ひとたび出産と家庭から切り離されると、同性愛者の醜い攻撃が始まります。性的活動は、遊びとかゲームになり、遊びの性と生殖のための性との境界が、あいまいになります。十代の妊娠が急増、性病は蔓延、離婚率は上昇、出生率は低下します。まるで獣医が家畜に施すような不妊手術が当たり前になり、そのうちに家庭が崩壊するのも目に見えるようです。
人工避妊−人工妊娠中絶が、文化的パターンになってしまうとき、青少年は(もはや青少年でない人たちも)、ますます無責任な性行為に走ります。いわゆる人工避妊は、しばしば極初期の人工妊娠中絶であることも、忘れないで下さい。特に、人は人工避妊をしているとき、自分たちは妊娠しないだろう、と思います。しかし、いったんいったん妊娠してしまうと、望まれた子どもだけが産まれるべきだと思っているので、いとも簡単に人工妊娠中絶と呼ばれる絶対に間違いがない産児制限の方法に走ります。ちなみに、家族計画連盟の集まりで、人工妊娠中絶は「妊娠後の家族計画」、「月経の摘出」などと呼ばれています。
既婚、未婚を問わず、エスカレートした無責任な性的活動は、重大な問題を含みます。ひとたび人工避妊−人工妊娠中絶が生活様式になってしまうと、その行き着く先は性病の増加、私生児、増加する十代妊娠、人工妊娠中絶、ファロピアン・チューブの閉そくです。特に、最後に挙げたファロピアン・チューブ閉そくは、アメリカ史上最低の不妊率の原因となっています。そしていま、いわゆる医学の専門家と称する人たちが主張しているのは、この女性たちが妊娠できるように、全国的な試験管ベビー・センターの設置です。たとえ、成功に終わった試験管ベビーのそれぞれのケースが、複数の人工妊娠中絶行為、自慰行為、その他の悪を伴うとしても、それは問題にしません。移植された小さな人間のどこかが、少しでも具合が悪い場合は人工妊娠中絶に同意させられるのが普通ですが、こんなことを意に介する人たちではありません。
つながりは明白
このような状態になってしまうかなり前から、出生率は、再生産率をはるかに下回っていて、各国は内側から腐り始めていたのです。現在アイルランドだけが、世界の先進国の中で再生産につながる出生率を誇っています。しかし、そこでも人工避妊薬とか人工妊娠中絶剤が流行し始めたので、同国も人工妊娠中絶という名の疫病にとりつかれてしまうのは間違いありません。つまり、大規模の人工避妊行為をしていながら、健康で機能している家庭生活を保っている国は存在しない、ということです。確かに、家族の崩壊には複数の理由もしくは要素があるでしょう。しかし、そのパターンと結果の普遍性を見るとき、人工避妊がその直接のそして第一の原因とまでは言えなくとも、疑いなく第一の、主要な要素であると言えましょう。
そんな話はもう聞いた、と言われることほど腹立たしいことはありません。あの預言的な『フマネ・ヴィテ』の中で、わたしたちは非常にはっきりと、人工避妊の諸結果について警告を受けました。今に至るまで、非常に多くの司教、神学者、カトリックの知識人が、この回勅が非常に優れた、正確な、大事なものであることを認めようとはしません。パウロ六世が、人工妊娠中絶剤のピル、避妊リング、人工避妊を認めた、と仮定してみて下さい。この世界は、いったいどんな状態になった、と思いますか。最近は、庭の隅の納屋で、家畜に施すような不妊手術が、産児制限の手段として大流行です。美的感覚の無さと人工避妊の失敗についていったいどう説明するつもりなのでしょう。ちなみに、1982年3月4日発行の雑誌「ローリングストン」には、まったく不十分な伝統的人工避妊について、極めて卑わいな描写があります。将来の人工避妊の大勢は、膣内用の座薬とか、カラマッゾーのアップジョン製薬会社の、注射液方式人工妊娠中絶剤デポ−プロヴェラなどの人工妊娠中絶剤に移行するだろう、ということも記憶にとどめておいて下さい。アップジョン製薬会社は、デポ−プロヴェラが、食品・薬品管理局のテストで二度も不合格になったのに、あきらめる気配はありません。アメリカ人のために認められなかったこの人工妊娠中絶剤は、ブラッセルにある巨大な工場から、なんと、90以上の国に出荷されています。
外国での人工避妊の結果と効果、侵攻してきた人工避妊の余波についてわたしが目を通したすべての研究は、人工避妊をする夫婦は、予定外の妊娠があれば人工妊娠中絶に走る強い傾向があることを示しています。すでに述べたように、人工避妊の推進と一体である人工妊娠中絶を逃れることのできた国は一つもありません。もちろん、人工避妊(つまり、コンドーム、ダイアフラム、ジャム、膠化体、泡、性交中止)をする夫婦がすべて、望まない子どもを人工妊娠中絶してしまう、ということではありません。しかし、これが今問題にしている点の反証になるわけはありません。
家族計画連盟の果たす役割
人工避妊が人工妊娠中絶につながるかどうかは、家族計画連盟のような人工避妊、不妊手術、人工妊娠中絶剤、人工妊娠中絶の提唱者たちの意見が大いに参考になります。家族計画連盟の元総裁故アラン・F・ガットマッヒェル博士は、1973年「家族計画連盟の支持者」に次のように書き送っています。「あなたたちは家族計画サービスの活動範囲を広げるという責任を引き受け、さらに多くの患者・顧客を受け入れてきました。その中でも特筆すべきは、その特別な必要にこたえるために皆さんが特殊なサービスを始めた若年層です。皆さん全員が、現代的受胎調節サービスに不可欠な部分、不妊手術と人工妊娠中絶が当然含まれることを、認めるでしょう」
当人の言葉として、ガットマッヒェルは、1973年の黒い月曜の判決の数ヶ月後の5月3日付けのワシントン・スター紙に、以下の通り引用されています。「家族計画連盟が戦いで勝てる唯一の方法は、性教育によるものです」現在、公立学校で行われている人工避妊教育・性教育の実態を知っていれば、彼が何を言っているかは、すぐわかるでしょう。しかし、最悪の事態は、「人工妊娠中絶政策」誌上に掲載されています。それは、ガットマッヒェルの「カトリック信者が人工避妊の失敗の当然の帰結として、人工妊娠中絶を受け入れることを、アメリカの司教たちは、どちらかといえば傍観している」という、彼のいかにもうれしそうな発言です。
マルコム・ポット博士は、ロンドンの国際家族計画連盟の前医事部長でした。そして今、ノース・キャロライナ州トライアングル・パークで何百万ドルの税金を、無駄遣いしています。博士は、1973年、「人々が人工避妊するようになると、人工妊娠中絶率は下降せずに、上昇する」と発言しています。ポットは別の機会に、人工避妊が失敗した場合、医師は「アフターケアとして人工妊娠中絶を提供する」用意がなければならない、とはっきり言っています。
1972年3月の国際家族計画連盟ニュースの別冊には、「政府主導の家族計画プログラムがある場合、または、少子家庭への傾向が見られる場合、合法、非合法を問わず、人工妊娠中絶率は上昇します。手軽な人工妊娠中絶は、手軽な人工避妊に当然伴うのです」という記述があります。ニュージーランドでは、人工妊娠中絶法改正連盟と家族計画連盟双方の執行部の委員である人物が、1979年、同国の人工妊娠中絶管理委員会で、次の証言をしています。「個人そして上記の二連盟の観点から、わたしたちはこれ、つまり、人工避妊と人工妊娠中絶のどちらか一つを選択できるようにすることが、道理にかなった目的であると信じます。種々の理由のためにこれら両者は分離できません」
家族計画連盟は、アメリカ・カトリック大学のチャールス・E・カラン神父とか、ワシントンにあるケネディー・インスティチュートのイエズス会員リチャード・マッコーミック神父のような、単純きわまりない人工避妊大賛成論者のことを、非常な興味を持って見守っていることでしょう。この両者はどう見ても間違っているのに、不幸なことにはいまだに、あまりにも多くの人たちが、彼らにまじめに耳を傾けているのです。マッコーミックなどは、「アメリカ」誌上で多くのぺージを割いて、カトリックの病院でも、不妊手術を堂々と行うようにしようといった十字軍運動まがいのことまでしています。不妊手術に関する教会の教えを擁護するように、という明白な指示があることはいうまでもありません。それにもかかわらず、複数の司教たちは、名前だけはいまだにカトリックの病院での不妊手術を止めさせるために何一つしようとせずに、ただ手をこまねいています。
このような事柄に関して、アメリカは、普通、英国に5年遅れます。あの国で、請求人工妊娠中絶が可能になる何年か前、人工妊娠中絶運動をしていた二つの主要団体は、人工妊娠中絶法改正連盟と産児調節連盟でした。彼らは公然とそのねらいについて語ったものです。それはつまり、「国家保健サービスの条項の中に人工妊娠中絶、任意の不妊手術、人工妊娠中絶のために、適当な施設を含む包括的産児制限サービスを組み込む」ということでした。
たぶん、ロックフェラー人口評議会と、家族計画連盟の人工妊娠中絶推進の第一人者クリストファー・ティーツェ博士以上に、人工避妊と人工妊娠中絶を関連させた人はいないと、思われます。「家族計画の展望」の1976年版に見られる彼の発言は以下のようなものです。「未婚、既婚を問わず、間隔を置いて子どもを生みたければ、もっとも安全なコントロール法は、必要な場合は人工妊娠中絶でバックアップする、種々の伝統的な方法を使用することでしょう。しかし、この方法が出産可能年齢の早い時期に開始された場合、それを選択する女性の出産可能な期間内の人工妊娠中絶は数回に及ぶことが予想されます」
カナダの人工妊娠中絶権推進連盟の掲げる目的を見て下さい。「カナダの人工妊娠中絶権推進連盟の目的は、カナダのすべての女性にとって安全で合法的な人工妊娠中絶が可能になることです。我らのねらいは、人工妊娠中絶に関するすべての刑法を撤廃させ、全国に適切なカウンセリングのできる、包括的な人工避妊と人工妊娠中絶サービスの設置です」
このような引用は、その気になれば尽きることがありません。だが、もう一つだけ追加しましょう。それは、HEWの前次官で現在UCLAに籍を置くアーヴィング・カッシュナー教授の、1971年1月の発言です 。
「わたしは、個人にとって人工妊娠中絶の役割を、従来通り、有害な妊娠と望まれない子どもに対する第二の守備列とすることを、提案します。これらは人工避妊が失敗したケースです。わたしたちが家族計画をその真の光のもとに見ることが、社会的役割からして期待されるでしょう。皆さん、いくらそれを薄く切ってみたところで、家族計画は遠回しな言い方にしか過ぎません。わたしたちは妊娠が妊娠であるから防止することを望みません。そうではなくて、妊娠の結果の故に妊娠を防止したいのです。家族計画は出産の防止です。そして、出産は性的な欲求に始まる一連の出来事の最終段階ですから、家族計画は反妊娠、反着床、もし着床した場合は胎児の排除なのです。これが、これからの人工妊娠中絶の社会的役割です」
単に人間的な、オルガン演奏付き、公立学校での集団性教育は、例外なく人工避妊教育になってしまいます。そんなことが、今や手が付けられなくなってしまった十代の妊娠−人工妊娠中絶−性病の問題を解決する、と考えるほど幼稚な人は、おそらく、どこにもいないでしょう。以下は、カリフォルニア大の社会学者・人口問題の専門家キングスリー・デイヴィス博士の発言です。「人工避妊薬を未婚の十代の人たちに提供することは、彼らに、婚前性交渉におぼれることが合法的であると思いこませ、またそのような行為を助長し、妊娠を招く危険が容易に起こりうる情況を増加させる傾向があります」
諸教皇が繰り返し警告してきたように、人工避妊メンタリティーの論理は容赦しません。それにもかかわらず、このことに気づかない司教たち、神学者が今日に至るまでなんと大勢いることでしょう。家族に関する代表世界司教会議への教皇の応答『ファミリアーリス・コンソルチオ』で、教皇は一貫して、教会の性道徳に関する伝統的な教えを繰り返しています。しかし、そのすべてがこの国のカトリックのメディアに無視されるか、葬り去られてしまったのですが、司教たちにもその責任があるように思われます。
人工避妊薬の使用、人工妊娠中絶薬、不妊手術は多くの意味で、また多くの理由のために、しかし人工妊娠中絶−安楽死との文化的なつながりという理由のためにも、人間の尊厳に反しています。しグムント・フロイトは洞察深く、明確に、性の乱用は容易に暴力につながると言っています。増加する強姦、近親相姦、また配偶者や子どもに対する暴力、小児愛、同性愛等々のことに思いをはせて下さい。
もちろん、人工妊娠中絶と人工避妊の間には明白な相違が存在します。両方が同じものだとはだれも言っていません。しかし、わたしが言いたいのは、人工妊娠中絶は単に、同じメンタリティーをさらに延長したものを反映しているに過ぎないということです。以上は、文献だけでなく、多くの国で例外なく見られる山ほどの証拠によっても、見る目がある人にとってはもはや疑いの余地がないほど明白ではありませんか。
それなのに、なぜ、多くの神学者、司教、カトリックの知識人たちにはそれが見えないのでしょうか。ある人たちはそれを見ることを拒否しているのかも知れません。それが見える人たちは、自分たちが過去に教えてきたことや、書いてきたことを恥じて、それを認めることができないのかも知れません。またある人たちは誇りが高すぎるのでしょう。見ようとしない人ほど盲目の人はいません。そして、この場合、自分が間違っていたことを認めようとしない人ほど盲目の人はいないということです。
その治療法は?
わたしの意見ですが、神学者の大部分、司教、カトリックの知識人、その他大勢の人は、神が人間の生殖システムに組み込んだ、自然家族計画と呼ばれる非常に簡単な産児調節の方法を、まだ知らないことが、もう一つの理由ではないかと思います。だから彼らは、『フマネ・ヴィテ』とか『ファミリアーリス・コンソルチオ』のような文書のわなにかかった、と感じます。彼らは夫婦を性生活の諸問題に関して助けることができないと感じるので、わなにかかったと思うのです。彼らがどこで神ご自身が人間に組み入れたこの方法を学び得たかということです。神学校でこういうことを教えていなかったことは間違いありません。いわゆるカトリックの大学でもこれは学べません。カトリックの新聞や雑誌にしても同じです。教会の公的な教師である司教たちの著述や指導にもこういうことは見あたりません。司教、神学者、聖職者、修道者、知識人たちも、現在進行中の性的ホロコーストの実情を知る必要があります。そうすれば、司教たちも教皇にならって、性と純潔についての司教教書を出し、異議を唱える神学者を神学校から排除することでしょう。神学者たちも『ファミリアーリス・コンソルチオ』が実施されるよう最大限の努力を始めるでしょう。信者たちも、司祭たちが純潔、『フマネ・ヴィテ』、性の道徳、性の不道徳と離婚がもたらす諸悪についての説教を決してしてくれない、などと不平を言わなくなるでしょう。
では、何をするべきでしょうか。。改めて書くこともないと思われるのですが、以下に再掲します。
1.性の真にキリスト教的な意味について、教皇ヨハネ・パウロ二世が、1979年ワシントンで語られた永遠に続く命をもたらす結婚の召命の栄光も含めて、カトリックの教育者と両親を徹底的に再教育すること。
2.すべての公立学校でのグループ性教育プログラムに、たとえそれがなんと呼ばれていようが、また、どんなにカリキュラム全体の中に分散されていても、反対し、その内容を暴露するか、それを直ちに止めさせること。
3.カトリック教育のすべてのレベルで、キリスト教の性に関する正統的文学と過程を徐々に作り上げる 。
4.カトリック信者が結婚する前に、そして、小学校高学年から純潔と童貞処女性が、愛と心の細やかさの特別な表現であることを徹底的に教え込む。結婚する人たちが、人間の生殖システムに組み込んで下さった神様の産児調節の仕方を完全に理解して、神が下さった生殖の偉大なたまものと人工避妊のもろもろの忌まわしい結果を意識させること。信者でない人にも賢明にこのことを教えるといいでしょう。(最近、わたしは熱心なモルモン教徒のグループに自然にかなった家族計画を説明する機会を得ました。彼等は、韓国の仏教徒にこの方法を教えています。マザー・テレサの修道女たちは、成功裏に、カルカッタの貧民街でインドの貧しい人たちにこれを教えています。)
5.根本的に神学校の教育を変革し、もしくは再方向付けをすることです。宗教を別にしても、自然にかなった家族計画が実行可能で、実際、最善の産児調節の方法であることを知らない司祭が、一人も叙階されないようにすることです 。これらの司祭たちは、また、真にキリスト教的な性と家庭生活に関する教育プログラムを指導できるように、訓練されねばなりません。
6.教職、カウンセリング、看護職に就いている修道女、修練女、神学や職業学校で訓練を受けている人たちを徹底的に再教育すること。
7.だれもが自分は無知だった、また、性の道徳に関する神の真理を習ったことがなかった、などと言い訳ができないように配慮すること。人工避妊−不妊手術−人工妊娠中絶−安楽死など互いに関連する諸悪について、過去六人の教皇にならって、教会が、常に明りょうに宣言すること。
8.適切な文献や視聴覚教材を作成し、結婚前の純潔と結婚後の忠実に関するキリスト教的メッセージを、常識をもって活字や放送などのメディアで伝えることのできるタレントを探すこと。
9.性ほどエキュメニカルなものは無いので、環境を美化し、ポルノを減らし、できるだけ、エスカレートする悪い模範、その他の悪を駆逐するために、他のキリスト教やユダヤ教のグループ、善意の男女と協力すること。
10.これらのプログラムの中では、教会のすべての教えを受け入れ、その生き方によって、この教えの実行の模範となっている教師や講師だけを採用すること。
著者紹介
ミネソタ州、聖ヨハネ修道院所属のベネディクト会会員、著述家、講演者、元家庭社会学教授ポール・マルクス師には、人工妊娠中絶−安楽死及び関連主題についての著作が数多くあります。その中の二冊がThe Death Peddlers(死の商人たち)とThe Mercy Killers(安楽殺人者)です。反生命運動についての国際的権威者として、師は四つの大陸にある30以上の国で講演をしています。HLI(Human Life International)を7845 Airpark Road, Suite E, Gaithersburg, Maryland 20879に創立しました。現在は、HLI会長職を後進に譲って、引退しています。
教皇ヨハネ・パウロ二世が、回勅『生命の福音』で、人工避妊メンタリティーと人工妊娠中絶メンタリティーは同一であると明言なさっていますが、これはマルクス神父のかねてからの持論が反映されているようで、興味深いものがあります。なお、マルクス神父は、教皇ヨハネ・パウロ二世から「あなたは世界でもっとも大事な仕事をして下さっている」という賛辞をいただいたことで知られています。
HLIの資料が必要な方は『フマネ・ヴィテ』研究会(〒891ー21垂水市中央町26 電話とファックスは0994ー32ー0313)に連絡して下さい。HLIに取り次ぎます。毎月のニュース・レターは英語、スペイン語、フランス語で出版されています。その他、単行本、小冊子、リーフレット、ポスター等の資料も豊富です。なお、すでに『フマネ・ヴィテ』研究会が日本語に翻訳した資料もかなりあります。HLIの年次大会は、毎年、御復活の週に米国もしくはカナダで開催されます。毎年の講演テープが『フマネ・ヴィテ』研究会にはそろっています。ビデオ「生命の文化と死の文化」は必見。その他多数の生命問題関係資料が当方にありますので、ご利用下さい。興味のある方は、データ・ベース・リストも閲覧できます(郵送可)。