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English エヴァリスト氏に関して一部疑問の点がありますが、全体的に貴重な資料です。

ファチマの秘密

リック・サルバト

私は、ファチマを訪問した際、コインブラにあるルシアの修道院に行き、そこで彼女の修道院長様とお話しすることができました。マリア・セリーナ院長様に対する質問の一つは、教皇様が世界に公開されたファチマの秘密に関してでした。グルナー神父を始めとして、多くの人たちは、それが秘密のすべてではなく、まだ他にもある、と考えています。

セリーナ院長様が秘密の公表に先立ってシスター・ルシアから言われたのは、何年も前に公表されたメッセージの他の部分と比べて、教皇様に宛てられた秘密の部分はそれほど大事ではない、ということでした。例えば、聖母が子供たちに地獄をお見せになったあの御出現でのメッセージの方がどれ程大事であることか…

罪のない人たちが殉教し、教皇様には多くの苦しみが訪れます。いくつかの国は滅亡します。それでも最後にはわたしの汚れない心が勝利を収めるでしょう。教皇様はロシアをわたしに奉献し、ロシアはわたしに回心するでしょう。そして何年かの平和が世界を訪れるでしょう。

「いくつかの国は滅亡します」という予言は、著者も含めて、多くの人々にファチマの秘密が天罰についてであると確信させたものです。でも、そうとも言えません。滅亡が何を意味するかによって、この予言は、例えばヒットラーによって、すでに実現しているのかも知れません。これから起こる事柄を指すのかも知れません。でも、これはバチカンに送られたあの秘密とは関係があることを示すものでもありません。あのメッセージがバチカンに送られた唯一の理由は、それが教皇の死を予言していたからであり、ルシアがそれを個人に関するメッセージであると理解したからです。

これはわたしの個人的意見ですが、あの秘密に関して、教皇様とラッツィンガー枢機卿の解釈が正しいとは思えません。わたしがそう思う根拠は1862年5月14日に聖ドン・ボスコが以下の予言をしているからです。

ドン・ボスコは一隻の船(教会)に乗っている教皇様が、(キリスト教徒他の宗教に属する)他の船から攻撃されていました。教皇様は重傷を負いますが、死ぬことはありませんでした。次の視幻によれば、教皇様が撃たれますが、今度は倒れて死ぬことになります。攻撃した船からは喜びの凱歌が上がります。しかし、教皇の死が発表されるのとほぼ同時に次の教皇が選ばれ、新しい教皇は御聖体と聖母を示す二つの柱の間を通って船を進めます。

ファチマの秘密の中で、教皇様は傷つけられるだけでなく、死ぬことになっています。ドン・ボスコの予言に従うと、教皇は傷つき、後から死ぬことになっています。また、マラキアの予言によると、次の教皇は平和の教皇です。でも、この教皇も苦労なさるような気がします。でも、…それぞれが自由に想像を巡らすことは許されています。教会が教える教義に関しては、教会に従順を示しましょう。

ルシアと中絶

ファチマで学んだもう一つのことはアメリカと世界のすべてのカトリック系新聞のトップに掲載されてもおかしくありません。ポルトガル政府は中絶合法化を試みて、法案を提出しました。国民投票では一定の割合の有権者が投票しないと、有効になりません。投票がまったくなければ、法案が通過することはありません。投票の前夜、カルロス・エヴァリスト氏は国立テレビに出演し、投票に行かないよう呼びかけました。その映像のビデオを入手したら英語に訳したものを皆さんにも紹介しましょう。

ビデオの要点は以下のようなものでした。ポルトガル人の中少なくとも70%がファチマの聖母に祈り、願いを叶えてもらっています。だから、ファチマの聖母を尊敬するのであれば、ポルトガル国民は投票するべきではない。彼はその番組でシスター・ルシアとの会見の模様も流しました。ルシアは中絶の罪の大きさについて語ったものです。彼女が言ったことは米国で生命運動に携わっている人たちでさえ敢えて言おうとはしないことでした。つまり、中絶をする母親でさえも中絶の罪のために何らかの罰を受けるであろう…というものでした。

この会見の模様を入手できたら皆さんにもネット上で見ていただきたいものです。興味深かったのは、ルシアが生まれる前のことですが、同じ村である女の子が医師からレイプされて、妊娠したのです。彼女の両親はどうしても強姦の結果生まれたその男の子を受け入れることができず、ルシアの母親がその子を引き取り、後で、その子が母親の元に引き取られるまで面倒を見たということでした。その子は成人した後、ルシアの姉と結婚し、子どもがたくさん生まれ、その中の二人は修道女に、一人は司祭になったそうです。


マリア様に祝福されたポルトガル

ファチマについてはまだまだ知られていないことがいろいろあります。わたし自身もファチマについては専門家であると自認していましたが、どうもそれさえ怪しいものです。今回の旅行で学んだことと、これから学ぶであろうことは優に一冊の本になることでしょう。ここに書くことは、まだ多くの人たちが知らないか、忘れてしまったことであろうと思います。それは聖母の出現以前にあった天使の出現に関することです。それは聖ミカエルと関係があり、ミサに関する予言です。

1385年8月13日、ファチマの出現にさかのぼること532年前、福者ヌーノ・デ・サンタ・マリア(円卓の騎士)はポルトガル独立の危機に際して、戦いに赴こうとしていました。圧倒的な数を誇る敵勢の前に、福者ヌーノ・デ・サンタ・マリアは配下の兵士達と共に跪いて祈りました。その場所が何と、聖母が532年後出現なさるコーヴァ・ダ・イリアだったのです。彼が跪いたとき、馬たちも跪いたそうです。彼は聖母とポルトガルの守護の天使、平和の天使である聖ミカエルに祈りました。戦いが終わり、勝利を収めた福者はここで感謝の祈りを捧げました。ポルトガルの聖人伝を読むと、平和の天使が実は聖ミカエルであるという証拠が随所に見られます。

1915年、ルシア、テレサ・マシア、マリア・ローサ、マシアス、マリア・ジュスチーノがロカ・ド・カベソでロザリオを唱えていました。その時、子供たちは全員、白くて透明な人間の形をした天使を見たのです。同じ子供たちはさらに二度見ていますが、メッセージが与えられることはありませんでした。4回目の出現はルシアが9歳になったときのことでした。ジャシンタとフランシスコも一緒にいました。天使は「恐れなくてもいい。わたしは平和の天使です。わたしと一緒に祈りなさい」と言いました。地面にひれ伏して、天使は次のように言いました。

わたしの神よ、わたしはあなたを信じ、あなたを礼拝し、あなたに希望し、あなたを愛します。あなたを信じず、あなたを礼拝せず、あなたに希望せず、あなたを愛さない者たちをお許し下さい。(それから立ち上がり)こんなに祈るんだよ。イエズス様の聖心とマリア様の御心はあなたたちの祈りの声に耳を傾けていらっしゃるんだから。

ポルトガルでは昔から、聖ミカエルが平和の天使とされていました。天使が5回目に出現したのは1916年のことでした。ルシアの家の裏手にある井戸の側で子供たちが遊んでいたときのことでした。

何をしているの? 祈りなさい。たくさん祈りなさい。イエズス様の聖心とマリア様の御心はあなたたちのために慈悲深い計画を準備なさっています。至高の神様にいつも祈りと犠牲を捧げなさい。

ルシアがどんな犠牲をお捧げしたらいいのですか? と聞くと

神様が怒っていらっしゃる罪の償いのために、そして罪人の回心のために自分たちにできる償いとして何でも犠牲として捧げなさい。そのようにしてあなたたちは自分たちの国に平和をもたらすのです。わたしはポルトガルの守護の天使。特に、主があなたたちに送られるどんな苦しみも我慢強く受け入れ、忍びなさい。

わたしがポルトガルに移住する理由

天使が6回目に出現したのは1916年の秋のことでした。天使は大きなホスチアと空のカリスを持ってきました。それを空中に浮かばせたまま、天使はひれ伏して礼拝し、次の祈りを唱えました。

至聖三位一体の御父、御子、聖霊、わたしはあなたを心から礼拝し、御子が嫌われる侮辱、冒涜、無関心の償いのために、地上のすべての聖櫃にいらっしゃるイエズス・キリストの尊いおん体、御血、魂、神性をあなたにお捧げいたします。そして至聖なる聖心とマリア様の汚れない御心の功徳を通じてかわいそうな罪人たちに回心の恵みを与えて下さい。

天使がそうしているとき、空中のホスチアからは血が流れ出て、空のカリスにホスチアから御血が流れ落ちていました。その後、天使は立ち上がって、カリスと御聖体を再び手にしてわたしには御聖体を下さり、ジャシンタとフランシスコにはカリスに入った御血を飲ませました。その時におっしゃったのが次の言葉です。

恩知らずの人間からひどく侮辱されているイエズス・キリストの御体と御血を受けなさい。彼らの罪のために、償いをして、あなたたちの神様を慰めて差し上げなさい

天使は再び地面にひれ伏し、「至聖三位一体の御父…」の祈りを唱えました。

ここで、皆さんに注目していただきたいのは天使がどれほど神であられる御聖体のホスチアに対して尊敬を示したかということです。このような尊敬を現代カトリック教会の中で見ることができるでしょうか? 1916年のカトリック教会にはそれがあったのです。この出来事は現代の教会に関する予言でした。尊敬の欠如は大罪です。神を軽んじてはいけない、と教える第二戒に反する罪ではありませんか?  聖櫃にいらっしゃる神様を軽んじるとき、わたしたちは罪を犯します。至聖所である祭壇の周りを尊敬の念無く、また畏れを知ることもなく歩き回るとき、わたしたちは罪を犯さないでしょうか? 御聖体の拝領にしてもしかりです。この尊敬と、また畏れさえなく主に近づき、御聖体を受けるときわたしたちは罪を犯さないのでしょうか? 天使に倣って、その祈りを繰り返して唱えるようにしましょう。そうすればわたしたちはこの祈りを生きることができるようになります。

ジャシンタとフランシスコに御血を授けるに当たって、天使はキリストの御体、御血、霊魂、神性がパンの形色の中にあり、また御体、御血、霊魂、神性がブドウ酒の形色の中にあり、わたしたちが両形色の聖体拝領をする必要がないというという神学的発言をしています。司祭は両形色の聖体拝領をします。なぜなら、信徒と異なり、司祭は十字架上で起きたように、御体と御血を分離しなければならないからです。しかし、信徒が司祭と同じことをする必要はありません。神様が分離されることは不可能だからです。

これは第二バチカン公会議の新しいミサが悪いミサであることを意味するものではありません。しかし、特に、神様にふさわしい尊敬を捧げることを知らない司祭が新しいミサを捧げるとき、それは人々が神を軽んじる原因とはなりました。信徒は司祭に見習いますから、司祭が神さまを尊敬しなければ、信徒も神様に対する尊敬を失ってしまいます。

天使が7回目に出現したのは、1917年7月28日のことでした。当時12歳だったカロリーナ・ドス・サントス・カヘイヤと7歳の女の子が、白い長衣をまとった、長い金髪の10歳か12歳ぐらいの男の子の姿をした天使を見ています。天使は「あそこに行って、天使祝詞を3回唱えなさい」と命じています。

ルシアはこの出現について質問され、8月の出現の際に天使が二人の子供たちに出現したことを確認しています。ある人達は地獄の視幻によって汚された場所を清めるために天使が派遣されたと信じています。

ルシアによると、初土曜日の信心は、頑なな罪人も含めて、自分以外の他の人たちのためにすることもできるそうです。罪人も愛し、彼らを天国に導くことは、彼らが滅びるよりもっとすばらしいことです。

ファチマについてわたしにはまだまだ学びつつあることがたくさんあります。8月19日にあったと思われていた出現は、実は8月15日にあった、とか、ルシアの父親が一般に信じられているような飲んだくれではなく、非常に信心深い人であった、とか…。また、出現以前も、ルシアの家族が貧しい人たちにとって近所ではもっとも優しかったことも今回学びました。

偽の出現を追い求めるすべての人たちに尋ねたいことがあります。「あなたはボルトガルの天使の祈りを毎日唱えますか? ロザリオを唱えるとき、その祈りを唱えますか? ミサの前にその祈りを唱えますか? 御聖体拝領の後に唱えますか? それらの祈り全部を暗記していますか? そうです。暗記して下さい。 偽物の出現が教える祈りとか、もろもろの偽出現の普及に忙しすぎるのですか?」。

.ファチマの聖母をうやむやにする偽出現の信奉者達の試みについては、別の機会に書きましょう。

自己紹介をいたします。わたしはファチマのお陰でカトリックの信仰を取り戻しました。ファチマの聖母の御像によって、わたしの信仰は頭から心に移行しました。聖母のメッセージを世に広めるために、わたしはファチマの聖母の腕に抱かれて死ぬまで、余生をファチマで暮らすことにしました。   

My reason is the prophecy of St. John Bosco on May 14th 1862.

Don Bosco saw a Holy Father sailing a ship [the Church] and being attacked by many other ships [some Christian and some not]. This Holy Father was gravely wounded but did not die. A second time the Pope was struck but this time he fell and died. The enemies from the attacking ships sang with joy at his death, but no sooner had he died than another Pontiff was elected so fast that he replaced the pope as soon as his death was announced. The new Pope guided the Ship between the two columns - the Eucharist and Our Lady.

In the secret of Fatima it states that the pope is killed, not wounded. In the prophecy of Don Bosco, the pope is wounded and later killed. Also according to the prophecy of St. Malachi the next pope will be the pope of peace. If I am correct, this pope could still be in for a bad time, but then I was also fooled by the Y2K thing myself. If anyone takes me too seriously, they have little intelligence. Lets each of us think for ourselves except for the doctrine of the Church and in that - let us obey the Church.

LUCIA AND ABORTION

Another thing I learned in Fatima should have been on every front page of every Catholic paper in America and the world, but sad to say it is not. The government of Portugal put out for vote an initiative to legalize abortion. In Portugal an initiative must have a certain percentage of the voters to pass. If the voters do not vote at all, it will not pass. On the eve of the vote Carlos Evaristo C.V.V. went on National Television to tell the people not to vote at all.

I have asked him to take this video and overlay it with an English translation and send it to me. I will then make it available to all the right to life organization in America without charge.

The jest of this video is this. Carlos told the people of Portugal that at least 70% of them have had a prayer answered by Our Lady of Fatima at one time or another. In honor of Our Lady of Fatima they should stay away from the voting and not vote at all. He then put on the television an interview with Sister Lucia, who told the people about the great sin of abortion. What she said is what no one even in the Right to Life Movement in America is willing to say and that is that even the mother should be punished in some way for the sin of abortion.

If I can get a transcript of this interview I will put it up on the web site. Of interest to note, however, is that before Lucia was even born, a young girl in her little town was raped by a doctor. The parents could not bring themselves to recognize the boy child that was born from this rape, and Lucia's mother took care of the child until it was welcomed back to the young girl's home. Later this boy married Lucia's older sister and they had many children, two who became nuns and one who became a priest.

P0RTUGAL BLESSED BY OUR LADY

So much is unknown about Fatima by so many, even me and I though I was an expert on Fatima. What I have learned on this trip and what I continue to learn would make a new book. What I offer here is just a small part of what I think most people do not know or have forgotten. It has to do with apparitions of the angel before the apparitions of Our Lady. These apparitions have to do with St. Michael and a prophecy about the Mass.

On August 13, 1385, 532 years before the apparitions of Fatima, Blessed Nuno de Santa Maria (a Knight of the round table) was about to go to battle to save Portugal from losing its national independence. Outnumbered by his enemy Blessed Nuno and his army kneeled down to pray. Where? At the Cova da Iria, where Our Lady appeared 532 years later. When he knelt down to pray, the horses began to kneel also and he prayed to Our Lady and to Saint Michael, the guardian of Portugal and the Angel of Peace. After winning this battle he came back to this same site and offered thanksgiving for the victory. There is overwhelming evidence that St. Michael is the Angel of Peace and the guardian of Portugal from the history of the saints of Portugal, which can be found in Carlos Evaristo's book on Saint Michael. But let us go on to Fatima.

In 1915 Lucia, Teresa Matia, Maria Rosa, Matias and Maria Justino stopped at Loca do Cabeco to pray the rosary, when they all saw a figure of human, white and transparent. This vision happened two more times to these children but no message was made. The 4th appearance of the angel took place in 1916 when Lucia was 9 years old, along with Jacinta and Francisco. The angel said, "Do not be afraid. I am the angel of Peace. Pray with me." Prostrating on the ground he then said,

"My God, I Believe, Adore, Hope and Love Thee; I ask pardon for those who do not Believe, do not Adore, do not Hope and who do not Love Thee." He rose and said, "Pray this way. The hearts of Jesus and Mary are attentive to the voice of your supplication".

Michael was made the angel of peace in Portugal many years before.

The 5th apparition of the Angel occurred in the summer of 1916 at a well behind Lucia's house as the three children were playing.

"What do you do? Pray, Pray much! The Hearts of Jesus and Mary have over you designs of Mercy. Offer constantly to the Most High prayers and sacrifices".

"How are we to sacrifice?" asked Lucia.

"Of everything, you can, offer a sacrifice in act of reparation for the sins with which He is offended and of supplication for the conversion of sinners. Attract in this way over your nation, Peace. I am its Guardian Angel. The Guardian Angel of Portugal. Above all accept, with submission, the suffering that the Lord may send."

[See why I am going to Portugal.]

The 6th apparition of the Angel took place in autumn of 1916. He brought with him a large Host and an empty chalice that he left suspended in the air. Prostrating in front in adoration, he repeated three times this prayer.

"Holy Trinity - Father, Son, and Holy Ghost, I Adore Thee profoundly and I offer the Precious Body, Blood, Soul and Divinity of Jesus Christ, present in all of the tabernacles on earth, in reparation for the outrages, sacrileges, and indifference by which He Himself is offended. And by the infinite merits of His most Sacred Heart and the Immaculate Heart of Mary, I beg the forgiveness of poor sinners."

While he did this, the suspended host emitted drops of blood into the empty chalice. Rising, he then took the Host and gave it to Lucia and the chalice with the Precious Blood to Jacinta and Francisco saying:

"Take and drink the Body and Blood of Jesus Christ, horribly outraged by ungrateful men. Make reparation for their crimes and console your God."

Again he prostrated on the ground and repeated the previous prayer three times.

What you must see in this apparition is the reverence the angel paid towards the Eucharistic Host, which is God. This reverence is what is lacking in our churches today, but was not lacking in 1916. This was a prophesy of our day and a warning that the lack of reverence is a grave sin, a sin against the Second Commandment, which is interpreted as meaning, "Do not treat God commonly." When we treat God in the Tabernacle commonly, we are sinning. When we treat the altar (the Holy of Holies) commonly, walking all around the holy ground without reverence and even fear, we are sinning. When we walk up and receive Our Lord in Communion without this reverenceand even fear, we are sinning. Let us imitate the angel, and say his prayer over and over until we live it.

In the giving of the Blood of Christ to Jacinta and Francisco he makes a theological statement that the entire Body, Blood, Soul and Divinity is in the bread and the Body, Blood, Soul and Divinity is in the Blood and there is no need for us to take both. The Priest takes both because he must separate the Body and Blood as was done on the Cross, but the people do not have to because God cannot be separated.

This does not mean that the New Mass is a bad Mass, but it has caused people to treat God commonly when said by a priest who does not know how to give God His proper reverence, and this irreverence is then passed on to the people who imitate the priest.

The 7th apparition of the Angel took place on July 28th, 1917 after the children saw Hell on July 13th. Carolina dos Santos Carreira, aged 12, and another little girl aged 7 saw a boy of 10 or 12 years old with long blond hair and dressed in a white gown. He said, "Go there and pray three Hail Mary's."

Lucia was asked about this apparition and she asked Our Lady in August and it was confirmed that the angel did appear to these two children. Some believe that the angel was purifying the ground because of the apparition of Hell.

According to Lucia you can make the Five First Saturdays for other people besides yourself, even the most hardened sinner. How much better it is to love then to bring sinners to heaven, than seeing them perish!

So much more to say about what I am learning about Fatima, like the apparition of August 19th was not August 19th but August 15th. That Lucia's father was not a drunk but a very saintly man; that her family was the most charitable of all families before the apparitions; that the apparitions destroyed their farm and their peace; and much much more but this newsletter is already long and these things must wait for another day.

But I must ask this to all those who follow false apparitions: "Do you pray the prayers of the angel of Portugal everyday? Do you pray them with your rosary? Do you pray them before Mass? Do you pray them after communion? Do you pray them at all? Do you know them by heart? Why not? Too busy with false prayers of other apparitions?

More to come about the attempt of promoters of false apparitions to take over Fatima.

I am a Catholic because of Fatima. My faith went from my mind to my heart because of the statue of Fatima. And now I will spend the rest of my live in Fatima, spreading the messages of Fatima, preaching, writing and then dying in the Arms of Our Lady of Fatima.

 

Rick Salbato