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教皇ヨハネ・パウロ二世の教話(1998年10月5日)から

死の文化と戦おう

人類は、無限の進歩を手中にしたような自信で今世紀を迎えました。ところがどうでしょう! 世紀末を迎える人類は恐怖と道徳的混乱に取り囲まれています。人間精神の春を欲するのであれば、わたしたちには希望の基礎を再発見する必要があります。なかんずく、社会は再度、生命の賜物を受け止め、慈しみ、守ることを学び、生命を蝕む死の文化の攻撃を撃退しなければなりません。死の文化はそれ自体が現代を脅かす恐怖の具体化に他なりません。

第二バチカン公会議は夫婦の愛を雄弁に解き明かし、生命の文化に貴重な貢献を果たしました。公会議に促された教皇パウロ六世がその教えをさらに立ち入って説明したのがあの預言的回勅『フマネ・ヴィテ』です。そこで、教皇は世界に新しい生命を生み出すに当たって神と協力する力が持つ倫理的意味合いを説かれました。神は、愛の中に互いを助け合うために男女を創造なさいました。彼らの結びつきは神の創造の業に与ることにほかなりません。夫婦愛は、新しく生命を生み出すだけでなく、新しい生命が比類なく価値ある贈り物として心から歓迎される愛に満ちた環境を提供する、という意味でも生命に仕えます。

過去四半世紀、生命を守るために多くの人たちが努力してきました。プロ・ライフ運動はその最たるものの一つです。しかし、これほど多くの人たちの献身的努力にもかかわらず、人工妊娠中絶が権利であるという主張がなされ続けます。それだけではありません。中絶手術の際実際にどういうことがなされるかについて、想像できかねるような無感覚の兆しが見受けられます。その一例がいわゆる「部分分娩」中絶にまつわる最近の出来事です。わたしたちはこういうことに決して無関心であってはなりません。極初期段階の人間生命を大事にしない社会は、すでに死の文化に戸を開け放っています。どのような状況、目的、法律があったとしても、妊娠中絶がどれほどひどい犯罪であるかについてわたしたちは決して妥協してはなりません。

生命を守る人たちは、妊娠中絶に代わる選択をますます目に見えるものにし、入手可能にする必要があります。同じく、わたしたちが生命を無条件に守るのであれば、そこには真の癒しが可能であるというメッセージも常に含まれなければなりません。「望まれず」に見捨てられた子供たち、困難に面している若者たち、身体障害者、だれからも面倒を見てもらえない人たちに、わたしたちが心と家庭を開く用意がかつてなく求められています。

同じく、医師が介助する自殺と安楽死の合法化を進める怪しげな運動について、教会が社会の関心を目覚めさせることができれば、国家に貴重な貢献をしたことになります。安楽死と自殺は神の掟への重大な違反です。こういうことが合法化されると、自分を守ることができない人たちの生命は直接脅威に晒されることになり、それは社会の民主主義的制度にとって最も有害です。

耐え難い負担であり、危険で、予想される結果と均衡が取れない治療を中止することと、栄養と水分の補給、通常の医学的治療などのような生命維持に必要な治療を停止することの間にある本質的な倫理的区別を、教会がさらに明確にする努力が必要です。患者の死を招く意図で栄養と水分補給を停止するのであれば、それは許されません。関連があるすべての要因を注意深く考慮に入れながらも、全患者に必要とされる医学的手段による養分と水分補給が基本的選択でなければなりません。この区別を曖昧にすることは、すでに病気や老齢で苦しんでいる患者と家族に、無数の不正とさらなる苦しみを与える原因になります。

生命、死、苦しみの意味を理解しかねている世界にあって、キリスト教的メッセージはキリストのいい知らせ、つまり福音にほかなりません。キリスト信者には御父への従順を示す究極の行為として死を受け入れ、御父だけが知る死の「時」に死と対面する心構えがあります。

受胎の瞬間から自然死に至るまで、奪うことが許されない生きる権利支持の本質的特徴の一つは、胎児、障害者、老人、治癒不可能な病気に苦しむ人たちに法的保護を提供することです。落ち度がない人間の直接殺害を合法化する法律は、すべての人間にある犯されてはならない生命権に真っ向から反するものです。こういう法律は法の下での平等を否定します。

国家の生命はその物質的発達とか世界におけるその権力以上のものです。国家は「魂」を必要としています。それは歴史を通じての進歩に付き物の道徳的病と霊的誘惑に打ち勝つために英知と勇気を必要とします。

民主主義はそれが包含、推進する価値観によって浮き沈みします。生命を守るあなたはこのヴィジョンにある本来の大事な部分を守っていることになるのです。どの国もすべての胎児、障害者、死に面している病人を大事にしなければなりません。