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Original English text

御聖櫃は聖堂中央に

米国司教団が文書「神の家」を門前払いか?

ポール・リクーディス

ワシントン・D.C.発:合衆国司教団年次総会の最終日、記者室では、司教典礼委員会が提出した、カトリック教会の建築工芸を取り扱った文書「神の家(Domus Dei)」が門前払いを食らうのでは、という噂が流れた。噂はあたった。

3人の枢機卿を含む30数人の司教たちが、公会議後の典礼上の改変や発布法令が、いかにカトリックの信仰を弱め、それに打撃を与え、破壊したかを、次々と確認した。なかんずく、聖櫃は中央祭壇から移動させるべきであるという「勧告」が最大の誤りであったということが、決定的な形で認められた。

全米の熱心な信徒、特に容赦ない改革にさらされた信徒にとって、聖櫃は以前のように教会の前面中央に安置されるべきであり、脇の小聖堂や別棟の小聖堂に移すことはとんでもない間違いであった、とする司教団の明確な認識は朗報になることだろう。

もちろん、既報のペトスキー、ミシガン、シンシナティ、コビントンなど、司祭や教区典礼委員と激しい論争を行ってきた信者たちにとって、いわゆる「改革」計画を中止させるために司教たちの認識転換は時機を失していたかもしれない。

11月15日から18日の司教会議最終日の最後に組まれていた、文書「神の家」についての議論は、司教典礼委員会(BCL)の議長である、ジェローム・ハヌス大司教・O.S.B.が口火をきった。大司教はこの計画のそもそもの発端が、1978年の「カトリックの礼拝における環境と美術」(Environment and Art in Cathplic Worship)に代わるものを作ろうという司教たちの決議に端を発しており、これが事柄を「混乱させ」、「反動を招いた」と説明した。

大司教の見解によれば、最大の欠点は「カトリックの礼拝における環境と美術」(EACW)が現代風の建築様式と装飾のない空間の創造、聖櫃の配置を強調し、補足説明を怠ったことにあった。1996年、彼はフランク・ロディナー司教が任命した委員会の典礼委員長であったイーリーのドナルド・トラウートマン司教に、「カトリックの礼拝における環境と美術」(EACW)の再検討と新文書案の作成を依頼した。

ハヌス大司教は、提出されたこの文書は単に議論の出発点であり、いかなる意味でも最終文書と見なされず、当然修正を条件としたものである、と明言した。

最初に立ち上がってこの文書に異議を唱えた司教は、ボストンのバーナード・ロー枢機卿で、彼に続く32人の司教の大半も引き続いてこの文書を批判した。

枢機卿は、典礼委員会の労を謝したものの、この文書を「カトリックの礼拝における環境と美術」からすると「改良」されていても、聖櫃の位置について不満を表明した。「私の疑問は、本文書が時期的にどうかということである。私の理解では、近く新しいミサ典書(editio typica)が出され、その序文にこの文書とは異なった見解が記載される可能性があるので、しばらく待つのがいいと思う」。

聖櫃の位置の問題に関して、ロー枢機卿は以前のように聖櫃を教会正面中央に安置するのが「司牧的見地からははるかに容認し易い」という立場を示唆した。また「分離した小聖堂(chapel)に置くという考えは、米国諸教会の現実を見るとき、非現実的である」とした。

「私は小聖堂に焦点を置くことを強調することには、司牧的立場から懸念を表明したい。また、」分離した小聖堂を命じている「ように思えない法規に照らして考えるとき、それが必要なのかどうか、疑問に思っている」。

ロジャー・マホニー枢機卿が次に意見を述べた。「この文書には、多くの賞賛すべき点がある」。特に彼の目に「優れた神学的基礎に立つ」と思われる点がある。しかし、彼はこの文書が司祭、平信徒、典礼専門家から「広く衆知を集め」なかったのでないか、と疑問に思うと述べ、更に「教会新築、既存教会改修に関する箇所は章を改めて書かれるべきものではなかろうか」という疑問を表明している。

ニュージャージー 州ニューアークのセオドラ・マッカリック大司教も、委員会の労に謝意を表しながらロー枢機卿の発言と同じ意味のことを繰り返し、以下のように語った。「私は、何時も、聖櫃の位置に関してあらゆる点から、重大な関心を抱いてきた。もし神聖な秘蹟がどちらを向いても見えないなら、信者は神学と霊性にとって非常に重要な何かを、必ずや失うことになろう。修正された暁には、教会法で『…至聖なる聖櫃は教会堂または礼拝堂内の重要な場所に位置し、そこは見通しがきき、美しく飾られ、祈りにふさわしい場所でなければならない』と法令が規定していることをわたしたちが強調できることを希望する」と。

彼は更に「ニューアークで新しい教会を建てる時、聖櫃が大多数の会衆から見えないというようなことは絶対に起こらない。委員会がこの点を再考されるよう希望する」こともつけ加えた。

続く