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もう一人赤ちゃんを生むことを検討しなければならない八つの理由

ベネディクト会司祭 ポ−ル・マルクス

ポ−ル・マルクス師の紹介

ベネディクト会士、ポ−ル・マルクス神父は、結婚と家庭生活に関する専門家として国際的に知られた社会学者です。1981年、師は家庭生活を強化し、安楽死から老人を守り、胎児を保護する目的でHLI(Human Life International)を創立しました。 また、自然に基づく家族計画=NFP(Natural Family Planning)に関する世界的権威者の一人でもあります。現在はすでに引退。

マルクス神父は30年にわたって、妊娠中絶、性に関する罪、家庭に対するその他の脅威と戦う「アメリカのプロ・ライフ宣教師」として世界を旅し、6大陸111ヶ国にあるすべての信条の、生命と家庭を大事に思う活動家と協力して働いてきました。テレビやラジオに何百回も登場し、何千回もの講演を行い、無数の著書とカセットテープを配布してきていました。

師は、現在、世界で最大のプロ・ライフ教育と養成運動であるHLIの会長です。HLIには、53の国際支部があり、妊娠中絶と安楽死に反対し、伝統的な家庭の価値がいかに大事であるかを主張しています。それらの支部の大部分は、人類とキリスト教の将来がかかっていると思われる発展途上国内にあります。

HLIは、優れたプロ・ライフ、プロ・ファミリーの映画、ビデオテープ、書籍、その他の教材を世界中に毎年何トンも送り続けて、国際家族計画連盟のような神を恐れない勢力による反赤ちゃん、反家族の攻勢に反撃しています。また、毎年御復活の週に、世界最大の国際プロ・ライフ、プロ・ファミリーの国際大会を催し、多くの活動家を世に送り出してきています。

1979年11月17日教皇ヨハネ・パウロ二世は、マルクス神父に、「あなたは地上で一番大切な仕事をしています」と言って、その事業を祝福なさっています。


 

もう一人赤ちゃんを生むことを検討しなければならない八つの理由

聖ベネディクト会司祭 ポ−ル・マルクス

「見よ、子らは主からいただくたまもの。胎の実りは報い」。(詩編127)

導入

読者のみなさん

みなさんは、「もう一人赤ちゃんを生みましょう」という運動を、耳にしたことがありますか。この運動は、何年か前に旧ユーゴースラヴィアのマグラジュという町で始まりました。主任司祭のアント・バコヴィック神父は、洗礼を授ける子供の数が毎年減少していることに気づき、それを学校や教会で自分たちの跡を継ぐものたちの減少と受けとめたのです。西欧社会の他の無数の小教区と同様、彼の小教区も死にかかっていました。

それで、神父は、二人子供がいる夫婦に「もう一人赤ちゃんを生むよう」に、勧め始めました。今、その結果、40人近く多く生まれた子供たちのお陰で、マグラジュの町とその教会は、未来に広がる新しい希望を持てるようになったのです。

HLIは、キリスト信者が平均二人しか子供を生まない北米でも「赤ちゃんをもう一人運動」を始めることにしました。あなたたちの結婚に関する神の計画の中で、子供たちがいかに重要であるかを、この小冊子によって、皆さんが、さらに深く理解するようになることを願っています。

今日、秘蹟である結婚によって高められ、聖化された人間的愛の中で、キリスト信者の夫婦が「キリストとその教会の間にあるあの実りの多い愛を示し、かつ参与する」ことを思い起こすのは、きわめて大切なことです(教会憲章『諸民族の光』、11)。

ヨハネ・パウロ二世は「キリスト信者の結婚はキリストと教会との関係を表しているので、それは一致、永続性、または、不可消性、忠実、実りの豊さをもつ」と言っておられます(アメリカ合衆国の司教たちのアド・リミナでの演説の中から、62ページ)。

結婚の目的は…家族を造ることにあります。配偶者たちは神とともに創造の継続という仕事に参与するのです。夫婦の愛は神の愛にその源を発し、創造的、かつ命を支えるものでなければなりません。霊的な一致と彼らの身体の一致を通じ、夫婦はその子供たちに生命、愛、安心感を与えることによって、その創造的役割を果たすのです。生命を与え、教育によってその子供たちが成長するのを助けることは、結婚した人たちの第一の特権であると同時に責任でもあります(上述書63ページ)。

神様は、あなたたちが、もう一人の子供を生むように望んでおられるのでしょうか。開かれた、そして祈りによって導かれた心で、この短いメッセージを読んで、決断してください。

ベネディクト会司祭 ポ−ル・マルクス

現代、ほとんどの人は人類が抱える最大の問題は過剰人口であると思いこむように洗脳されてしまっています。しかし、世界各地での本当の問題は今日の過剰性行為にも関わらず、人口不足なのです。この人口増加の停止は、主に、人類の三分の二以上を飲み込んでしまっている人類歴史始まって以来の最大の戦争、つまり妊娠中絶による胎児に対する戦争によるものです(マザー・テレサの警告「妊娠中絶の実りは核戦争です」)。

あなたは、先進国の中でアイルランドとポーランドだけが、いまだに健全で再生産につながる出生率を誇れることを知っていましたか。言い換えると、世界のそれ以外の先進国はセックス革命、つまり人間のセックスという神のすばらしい贈り物の乱用によって、その出生率を異常に低下させたために今死に絶えつつある、ということなのです。

家庭、人類、キリスト教の最大の敵である家族計画連盟によって奨励されて、増加の一途をたどる避妊と不妊手術のために、アイルランドでさえも、出生率は、急速に低下しています。

いくつかの例をを紹介しましょう。ドイツの出生率は、一家族にようやく一子という世界最低のものでしかありません。西ヨーロッパ大陸の平均出生率は、わずかに一・五人にすぎません。

世界でもっとも富んだ国といわれるアメリカ合衆国の場合は、一・八人です。その北の隣人、カナダの場合は、さらに低く一・七人、その中でもっともカトリック信者が多いケベック州の出生率は、広くて無人とも言えそうなあの国の中でも最低です。ドイツのキリスト教百科事典によると、カトリック教会は、ヨーロッパと北米で、一日七千人の割合で死に絶えつつあり、その反面、アフリカでは一日一万六千人の増加が見られるということです。2000年までに、アフリカのカトリック信者は一億人になると推定されます。その頃までに、ヨーロッパと北米よりもアフリカとラテン・アメリカのカトリック信者がもっと多くなるでしょう。

しかし、ヨーロッパと北米の信徒減のほかに、キリスト信者である人たちが考え、祈らねばならないことがあります。それは、何世紀にもわたって回教徒が、その創立者モハメッドの教えに従い、右手に剣、左手にコーランを持って、キリスト教のヨーロッパを征服しようとしてきたことです。

三百年以上も前のことになりますが、彼らはウィーン郊外で、手ひどい敗北を喫しました。しかし、今、彼らは、一発の銃弾を打つこともなく、成功を収めつつあります。子供と外国人労働者を含めて、西欧には今二千百万人の外国人が居留していますが、そのうち七百万人は回教徒です。キリスト信者の低出生率、回教徒の高出生率のために、ドイツの大都市には、ルーテル教徒、または、カトリック信者より回教徒の方が多い学校さえ珍しくありません。ベルギーでは、小学生の二五%が、回教徒です。そして、ブラッセルのいくつもの教室には、人種的にベルギー人である子供が、一人もいません。

しかし、わたしは、カトリックと他のキリスト信者が、この世のために子供をもうけるべきであるとか、ましてや、回教徒を数で圧倒するためにとか、過去においてカトリシズムの敵が言ってきたように、「たくさん生むことによって多数派になるべきである」など、とは言っていません。しかし、もし北米とヨーロッパのキリスト信者が世界のその区域の教会で生き延びて欲しいのなら、もっと赤ちゃんを生まねばなりません。もし、あなたの家族が小さいのであれば、あなたたちがもう一人子供を生まなければならない、次の八つの重要な理由についてよく考えていただきたいものです。

教会は、結婚した人たちが、命を生み出すにあたっては、実際に、全能の神と協力するのであると、常に教えてきました。そして、教皇ヨハネ・パウロ二世がワシントンDCで言われたように、「神が命をお与えになるとき、神は永遠にそれをお与えになります」。ですから、キリスト信者が子供を生むもっとも基礎的な理由付けは、神の愛ということになります。受胎の瞬間に始まる一人の人の命は永遠に続きます。

新しく生まれてくる一人一人の子供は、神とともに天国で永遠の喜びの中に生きるよう召されています。この世での命は短くても天国は永遠です。天国であなたたちは自分の子供たちと再会し、彼らと神とすべての天使、聖人たちとともに今は想像もできないほど幸福に生き続けるのです。

第二の理由は、あなたの一人一人の子供は、あなたたち二人が、結婚のとき誓ったお互いへの惜しみない愛の、永遠の印となる、ということです。

夫婦が、愛の中に互いを抱くとき、二人は、惜しみなく与え尽くす愛そのもの、つまり、あなたたちとともにある神ご自身、に一致するのです。というより、神が、永遠に喜ばれることになる、あと一人の子供をこの世に生み出すために、創造主が、あなたたちと協力するための場を、あなたたちが提供することになる、といえるでしょう。まさに、あなたが提議したことを神が決定なさるのです。

自然の法則に基づく受胎調節と比べて、避妊が、どんなに悪いことであり、間違ったことであり、そして、傲慢なことであることの理由は、まさにここにあります。神が、永遠の昔から、特定の夫婦が望んで行う、この特定の夫婦関係から、新しい命を目覚めさせることになっていたにもかかわらず、避妊は、神を、二人の間の愛の交わりから、結婚のときに誓ったあの惜しみない献身から、閉め出してしまうことになるのです。

 いつ妊娠するかは、夫婦が、任意に決めることではありません。人間が、赤ちゃんを創造することはできません。神が、無から呼び出して、その存在を始めさせる個人と、その掛け替えのない魂は、神が、造られるのですから、そこには、常に神の介入が必要とされます。

豊かなだ西欧社会は、その盛んな性的行動にもかかわらず死に絶えつつあります。なぜかと言えば、そこには子供を敵視する性の乱用があるからです。その結果はすなわち性の乱用の中でももっとも悪質な妊娠中絶です。

    

避妊、不妊手術、妊娠中絶、離婚のため、アメリカのカトリック信者の家庭で平均児童数は現在、二人以下でしかありません。また現在、アメリカのまだ子供が産める年齢の夫婦の約半分が不妊を訴えています。

ですから、カトリックもしくはキリスト信者であるみなさんは、自分たちの跡継ぎを生む用意があるだけでなく、むしろ、熱心に、それを望まねばなりません。それは、統計学的には二・二人、実際問題としては三人、という数を意味します。

常に念頭に置かねばならないのは命は短く、永遠は長いということ、そしてあなたは子供をこの世のためにではなく天国のために生むのである、ということです。神を知らない異教徒の友人や隣人が何を言っても影響されてはなりません。あなたの子沢山を彼らはあざ笑うことでしょう。どの時代でも、異教徒たちは本物のキリスト信者を嘲笑してきました。しかし、最後にしかも永遠に笑うのは、あなたたちのほうであることを決して忘れてはなりません。

「神の計画によって、男と女が互いに自分を与えつくすとき、そこには新しい生命が生まれる可能性が含まれるのです」。(愛の契約ー家庭 ヨハネ・パウロ二世の教話、55ページ)

子供をいつ生むか、そして何人生むかについて、あなたたちはよく考え、祈らねばなりません。そんなときに最良の助けになるのは、夫婦行為の「一致」と「生殖」という2つの側面の間にある、切り放すことのできないつながりについて教会が教える、確かな小道をたどることです(フマネ・ヴィテ、12参照)。「夫婦には、すでに身ごもった生命に脅威を与え、その生殖能力を阻み、夫婦行為の十全性を犯す行為を避けるよう強く勧められねばなりません」(合衆国司教団にあてての教話64ページ)。

現代、わたしたちは、神の手によって造られた壮麗、そして、他に類を見ることのできない人間の生殖システムについて、かつてなく深く理解するようになりました。それで、最新の自然に基づく家族計画によって、何人そしていつ子供を生むか今までのようにではなく、文字通り選択することができるようになりました。

言い換えると、現代、かつてなく、夫婦が生む子供の数が夫婦お互い同士の、そして神に対する彼らのまことの寛大さと信頼のバロメーターになった、と言ってもいいでしょう。

もちろん、ある夫婦は、健康上あるいは遺伝学上の理由、または社会的、経済的事情で四人以上の子供のいる多子家庭を持つことができません。しかし、それ以上の真実は多くの家族には五人または六人以上の子供を生む健康も富もあるということです。実際、このような夫婦を見るとき、わたしたちは彼らの信仰と寛大さに感嘆せざるを得ません。

「結婚と夫婦の愛は、その性質からして、子供を生み、育てることへと秩序づけられています」(現代世界憲章『喜びと希望』、50)。

あなたたちは、世界でもっとも富んだ国の一つに住み、歴史始まって以来最高の生活水準を享受しています。あなたは、本気で子供を二人以上、三、四人以上生み、育てることができない、と思っているのですか。もしそうなら、誰にとってそれが可能なのでしょう。

この地上の貧困と飢餓について心配するのはもちろん正しいことです。しかし、専門家たちは、現在の世界総人口五十五億の何倍もの人口を養えることを証明しています。

現代、わたしたちは、衣食住のために必要な、ほとんどの製品を、有り余るほど持っています。人口を低くとどめるより、神が、すべての人々のために造られた資源を、もっと公平に分配することの方が先決です。わたしたちに必要なのは、公正な通商法と生産に関する政治的障壁をより少なくすることです。ガンジーはかつて「すべての人の必要を満たすために十分な資源が世界にはある。しかし、それはすべての人のどん欲を満たすためには十分でない」と言いました。

世界中の貧しい人々にとって、最悪の事態は、西側の富んだ国が、その赤ちゃんたちを殺すことによって、その未来を(その教会をも)破滅させてしまうことです。なぜそうなのだろうと、思われるでしょう。それは、世界の貧しい国にある豊かな資源を開発することによって、彼らを、社会的、経済的に自立させる技術は、現在、西側にあるからです。しかし、わたしたちの低出生率、避妊と妊娠中絶剤、大規模な不妊手術と妊娠中絶によって、わたしたちは自分自身だけでなく、わたしたちに頼っている開発途上国の人々をも破滅させつつあるからです。

ここで、もし自分たちには子供が産めない、と思っているのなら、わたしたちはマザー・テレサの洞察をじっくりかみしめるべきでしょう。「その生まれようとしている命を殺し、そうすることによってその未来をも殺してしまう国以上に、貧しい国はありません」。

その富を高級車、高価な着物、休暇、住居、贅沢な娯楽、決して十分な満足を与えてくれない贅沢品につぎ込んでいる貧しい(極貧にあえぐ)キリスト信者の夫婦が存在するのでしょうか。

あなたが、もう一人子供を生むための、もう1つの、非常に人間的な理由があります。真にキリスト教的な家庭でよく育てられた子供たちは、老後の避けることのできない自然な孤独に対する唯一のまことの保険である、ということです。あなたの知り合いで、子供のいない、またはたった一人か二人しか子供のいない老夫婦のことをしばらく想像してみてください。感謝祭、クリスマス、新年、ご復活祭のような家族が集まる機会に彼らの生活はどのようなものでしょうか。それに引き替え、あなたの老後にもし孫たちはいうに及ばず大勢の子供たちの愛、訪問、手紙、電話、そして特に経済的な支えがあったらあなたはどんなにか幸せなことでしょう。

少子家庭から司祭、修道者の召しだしがあるのは極めて珍しいことは度重なる調査の結果はっきりしています。彼らは、普通、利己的でない子供たちを世に送り出す多子家庭の出身です。

最近、司祭、修道士、修道女の召しだしが少ないのは、なぜでしょうか。理由の1つとして考えられるのは、カトリックの両親が、避妊と妊娠中絶によって、数多くの子供たちを生まれてこないようにしてしまった、ということです。これから25年先に、カトリックの両親が、より多くの司祭、修道者を望むのなら、今の状態から抜け出るために、自分が多子家庭を持つこと以上に、よい方法はありません。

多子家庭(もしくは今より大きな家族)の子供たちには、今ばやりの少子家庭の子供たちと比べると計り知れない・ B遊び友達、なにか新しく挑戦しなければならないときにはそばにいつもいて欲しい「大きな子」、学校でできるどんな友だちよりもいい友だちがそこにいるではありませんか。

おまけに、多子家庭の中で育った子供たちは、普通、分け合うこと、他者のことを考えること、よく働くこと、小さな人たちを世話することを知っています。大人としての生活に備えてこれ以上の準備が考えられるでしょうか。

最後に、教皇様と教会の次の教えを思い起こしましょう。「教会は、夫婦が寛大であることを望みます。彼らが希望に満ちているように、また親になることは特権であることを知って欲しいのです。一人一人の子供は夫婦がお互いに抱く愛、神に対する寛大さの証です。子供というものは彼らの結婚を豊かにし、夫婦と他の子供に与えられる神の贈り物であることを彼らが理解するように指導されねばなりません」(合衆国司教団にあてての教話 63—64ページ)。

「子供たちは、結婚のもっとも尊い贈り物です」(現代世界憲章『喜びと希望』、No. 50)。「神が愛するとき、神は命を与えます。家庭の中で男と女が愛し合うとき新しい命がもたらされます」(愛の契約、39ページ)。「わたしたちは、神に似せて造られているので、わたしたちの愛が、神の愛がそうであるように、実り豊かであることがふさわしいのです」(上述書55ページ)。「夫婦の愛の肉体的表現は命、新しい命に仕えるものです。なぜなら、神はご自分の愛が実り豊かであるように、わたしたちの愛も実り豊かであることを望まれたからです」(上述書57ページ)。

親愛なる友である皆さん。どうぞこのメッセージについて考え、祈ってください。そしてもう一人赤ちゃんを生んでください。

Original title: Eight Reasons You Should Consider Having One More Child Author: Rev. Paul Marx, O.S.B.,Ph.D. Translated with permission of the author by Fr. John A. Nariai, Humanae Vitae Research Institute.