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ローマと地方教会

司祭 成相明人

フィリップ・ヒューズのThe History of the Church(教会の歴史)、Sheed and Ward社、1947年、第二巻36ページに次の記述があります。彼ら(ここに記述された出来事があった当時、アフリカにいた約470人の司教)は教皇がアフリカに不当に介入するのを嫌って、426年、抗議の声を挙げたものです。

彼らは(信仰に関することがらではなく)規律に関する事柄で、ローマによる干渉には終止符が打たれるべきであると確信していました。それで、426年の司教会議で教皇に、将来上告を受け付けたり、アフリカの司教たちが司教会議で罷免した者と交わりを持たないよう、さらに将来はもう委員会とか、特に警察の支援を要する監督官などを派遣しないよう正式に要請したものです。彼らはその理由として、過去の教会会議がこういうことを許可した記録がないし、世俗でなら通用するかもしれない傲慢がキリストの教会の中にあってはならない、ということを挙げていました。

ローマは、かつて受け取った中でもっとも常ならぬこの陳情書に、いかなる返答もしませんでした・・・そして機が熟するのを見て、またそれが必要にもなった時、ゴール人、エジプト人、東洋の人々に対するのと同様、アフリカ人に関してもその権利を全面的に行使し続けたのです。

地方教会がローマからの独立を叫ぶのは間違っています。倫理神学だけを取り上げても、地方教会に任せておくとどこまでめちゃめちゃになってしまうか知れたものではありません。難しい時代です。教皇様のために祈りましょう。