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本書は今でも入手可能です。お求めは発行者の光明社にお願いします。詳細は巻末。光明社の掲載許可を感謝します。スキャンした結果間違いがあるかも知れません。気づいた方はお知らせください

子どものカトリック要理

本書は故ラゲ師著の「小児の公教の莱」を基として新時代にふさわしく訂正したものである。

書中番号の下に① ② ③ とあるのは、教師の参考で、その問答がそれぞれ小学校一年生、二年生、三年生の児童の暗記に適することを示す。

ベネディクト富沢札幌司教認可

(昭和三十五年七月二十五日)

第一編 信じなければならないこと

第一 神さまのこと

第二 神さまがおいでになりますこと  

第三 神さまのおん徳

第四 神さまが世界をお造りになったこと

第五 世の救い主のこと

第六 イエズス・キリストさまの教え

第七 イエズス・キリストさまのご受難とご復活

第八 教会のこと

第九 聖霊のこと

第十 四終のこと

第二編 守らなければならないこと

第一 神さまの十戒

第二 教会の六つのおきて

第三 罪のこと

第四 告白のこと

第五 聖体のこと

第一編 信じなければならないこと

第一 神さまのこと

① 日が照り月がさえるのはだれのおかげでありますか。

▲日が照るのも、月のさえるのも天の神さまのおかげであります。

② 稲、麦、木、草のできるのはだれのおかげでありますか。

▲稲、麦などのできるのは、天の神さまのおかげであります。

③ 稲麦は百姓が作るのではありませんか。

▲いいえ、百姓は田畑をたがやし、種をまき、こやしをかけるばかりであります。日が照り雨が降って、稲麦ができるのでありますから、やはり天の神様のおかげであります。

① 私たちの生きているのはだれのおかげでありますか。

▲私たちの生きているのは天の神さまのおかげであります。

③ 私たちの生きているのは親のおかげではありませんか。

▲親は子どもを生み、また育てます。しかし、命のもとは天の神さまであります。

6② それなら天の神さまは何と言わなければなりませんか。

▲天の神さまこそ、私たちの親、また親の親、すべての人の一番の親であります。ですからイエズスさまはこの神さまを天のお父さまとよぶように教えてくださいました。

7② 親に何をしなければなりませんか。
▲親には孝行をしなければなりません。

8② 孝行とは何でありますか。

▲孝行とは親をありがたがり、喜ばせ、それによく従うことであります。

9③ 一番の親、すなわち天の神さまになにをしなければなりませんか。

▲一番の親に一番の孝行をして、み心を喜ばせるようにしなければなりません。

10③ 神さまのみ心を喜ばせるには、どうしなければなりませんか。

▲神様を拝み、愛し、神様に祈り、その教えを守らなければなりません。

11③ 守るべき教えは何と申しますか。

▲守るべき教えはカトリック教、または公教と申します。

12③ カトリック教、または公教とは何の意味でありますか。

▲それは公けの教え、すなわち神さまがすべての人のためにお授けになった教えという意味であります。

第二 神さまがおいでになりますこと

13① 神さまはどういうお方でありますか。

▲真の神さまは天地のあるじ、万物の造りぬしであって、人間のなさけぶかいお父さまであります。

14① 神さまはどんなにえらいお方でありますか。

▲神さまはこの上もなくえらいお方であります。

15① 神さまは目に見えますか。

▲いいえ、神さまは形がありませんから、目に見えるものではありません。

16② なぜ神さまには形がありませんか。

▲霊であるから神さまには形がありません。

17② 神さまは風のようなものでありますか。

▲いいえ、風は目に見えないけれども、肌にも当たり、吹くのが分かります。神さまはそうではありません。

18③ 神さまはにおいのようなものでありますか。

▲いいえ、においは目に見えないけれども、鼻にかがれます。神さまはそうではありません。

19③ 神さまは音のようなものでありますか。

▲いいえ、音は目にも見えず、鼻にもかがれないけれども、耳に聞こえます。神さまはそうではありません。

20③ 霊は形がないばかりでありますか。

▲いいえ、霊には形はなくても、知恵と心があって、生きたものであります。

21③ 他にも霊がありますか。

▲はい、天使も人間の霊魂もやはり霊であって、神さまにいくらか似たものであります。

第三 神さまのおん徳

22② 神さまはいつおできになりましたか。

▲神さまはおできになったものではありません。始めのないものであります。

23② 神さまには始めがないだけでありますか。

▲神さまには始めがないばかりでなく、終わりもありません。

24② 神さまの始めもなく、終わりもないことをなんと言いますか。

▲神さまの永遠と申します。

25② 神さまのほかに始めのないものがありますか。

▲いいえ、神さまのほかに始めのないものはありません。

26③ 神さまはどこにおいででありますか。

▲神さまは天にも地にもどこにもおいでであります。

27② 神さまはどこにもおいでになりますから、私たちはどう考えなければなりませんか。

▲神さまはどこにもおいでになりますから、私たちはどこへ行っても、神さまのみ前にいることを忘れてはなりません。

28① 神さまはお知りにならないことがありますか。

▲神さまはお知りにならないことが一つもありません。

29③ 神さまは人の心の中もご存じでありますか。

▲はい、神さまは人の一番隠れた考えでも、望みでも、ご存じであります。

30③ 神さまのなにごともご存じであることを何と申しますか。

▲神さまの全知と申します。

31② 神さまはなんでもご存じでありますから、私たちはどうしなければなりませんか。

▲神さまをだますことも、神さまに隠すこともできませんから、なにごとも正直にして、悪いことをせず善いことをしなければなりません。

32① 神さまにはおできにならないことがありますか。

▲神さまにはおできにならないことが一つもありません。

33③ 神さまのなにごともおできになることを何と申しますか。

▲神さまの全能と申します。

34① 神さまはいくつもおいでになりますか。

▲いいえ、まことの神さまはただ一つしかおいでになりません。

   

35① まことの神さまほただおん一方ばかりでありますか。

▲まことの神さまは三つのお方であります。

   

36② 神さまの一つであって、三つのお方でおいでになることを、何と申しますか。

▲三位一体と申します。

37① 神さまの三位は何と申しますか。

▲神さまの第一位はおん父、第二位はおん子、第三位は聖霊と申します。

38② おん父もおん子も聖霊も神さまでありますか。

▲はい、おん父もおん子も聖霊も神さまであります。

39① おん父とおん子と聖霊とは三つの神さまではありませんか。

▲いいえ、三位はともにただ一つの神さまであります。

40② おん父とおん子と聖霊とのうちでどなたが一番上でありますか。

▲三位は同じく神さまでありますから、そのうちにあとさき上下のちがいはありません。

41③ 神さまの三位一体のわけを、さとることができますか。

▲神さまの三位一体のわけは、この世ではさとることができません。

42③ さとることができないのにどうして信じられますか。

▲神さまがお知らせになったからであります。

43③ 三位一体にたいして私たちはどうしなければなりませんか。

▲私たちは三位一体をすなおに信じ、熱心に拝まなければなりません。

第四 神さまが世界をお造りになったこと

44③ 世界はどうしてできたものでありますか。

▲世界は神さまがおつくりになったものであります。

45③ 神さまは物をおつくりになっただけでありますか。

▲いいえ、神さまは物をおつくりになったばかりでなく、それを守り、またお計らいになるのであります。

46② つくられたもののうちで一番すぐれたものは何でありますか。

▲つくられたもののうちで一番すぐれたものは天使であります。

47② 天使はどういう方でありますか。

▲天使は人間よりすぐれた知恵と力を持っている霊であって、神さまにお仕えする方であります。

48③ 天使の数はどれほどでありますか。

▲天使は数えられないほど多いのであります。

49① 天使のうちで私たち人間に一番なつかしいのはどなたでありますか。

▲守護の天使であります。.

50① 守護の天使は何をしますか。

▲守護の天使は私たちを守るのであります。

51① 守護の天使に対してどうしなければなりませんか。

▲守護の天使を親のように考えて、愛し、敬い、そのよいお勧めに従わなければなりません。

52③ 天使はみな、いつまでもよく神さまに仕えましたか。

▲いいえ、神さまにそむいた天使があります。これを悪魔と申します。

53③ 悪魔は何をしますか。

▲悪魔は神さまを恨み、また.人を悪い方に誘います。

54③ 悪魔はどんな罰を受けていますか。

▲悪魔は地獄の罰を受けています。

55① 人間はどういうものでありますか。

▲人間はからだと霊魂とを合わせたものであります。

56② 霊魂はなくなるものでありますか。

▲いいえ、霊魂は決してなくなるものではありません。

57③ 霊魂のなくならないことを何と言いますか。

▲霊魂のなくならないことを霊魂の不滅と言います。

58③ 人は何のためにこの世にいますか。

▲幸いを受けるためであります。

59③ 人のあるのはこの世の幸いを受けるためでありますか。

▲いいえ、この世はともかくも、死んでから、終わりない幸いを受けるためであります。

60③ 終わりない幸いはただで受けられますか。

▲終わりない幸いはただでは受けられません。そのために人の道を守り、神さまの教えに従わなければなりません。

61② 一番始めの人間は何と言いますか。

▲男はアダム、女はエバと言います。

    

62③ アダムとエバは私たちのような哀れな者でありましたか。

▲アダムとエバは恩恵をいただいて、神さまの子供の幸いを受けていました。

63③ 恩恵とは何でありますか。

▲恩恵とは神さまのいつくしみ、すなわち神さまから愛されることであります。

         

64② アダムとエバはその幸いを保ちましたか。

▲いいえ、アダムとエバは悪魔にだまされて、神さまの戒めにそむき、恩恵と幸いとを失いました。

65② アダムの罪はアダムだけにとどまりましたか。

▲アダムの罪とその害はすべての人間に伝わりました。

66② アダムから伝わった罪を何と言いますか。

▲アダムから伝わった罪を原罪と言います。

67③ 神さまは人間をお捨てになりましたか。

▲いいえ、神さまは人間をお捨てにならないで、救い主をお遣わしになりました。

第五 世の救い主のこと

68① 世の救い主はどなたでありますか。

▲世の救い主はイエズス・キリストさまであります。

69① イエズス・キリストさまはただの人でありますか。

▲いいえ、イエズス・キリストさまは人におなりになった神さまのおん子であります。

70② 神さまのおん子はなんのために人におなりになりましたか。

▲神さまのおん子が人におなりになったのは、すべての人間を救うためであります。

71① イエズス・キリストさまの親はどなたでありますか。

▲イエズス・キリストさまの母は聖マリアであって、父は神さまのほかにありません。

72③ 聖ヨゼフと言う方はイエズスさまの父ではありませんか。

▲聖ヨゼフはイエズスさまの養父、すなわち養い育てた仮の父であります。

73② イエズスさまは何と言う所でお生まれになりましたか。

▲イエズスさまはユダヤの国ベツレヘムと言う所でお生まれになりました。

74② イエズスさまがこの世にお生まれになりましたことを何と申しますか。

▲イエズスさまのご降誕と申します。

75③ ご降誕と言うことばはどう言う意味でありますか。

▲ご降誕とは、天からくだってお生まれになりましたと言う意味であります。


76① イエズスさまはどんなところでお生まれになりましたか。

▲イエズスさまはうまやの中でお生まれになりました。

77③ なぜイエズスさまはうまやの中でお生まれになりましたか。

▲人々に謙そん、清貧、忍耐を教えるためであります。

78① イエズス・キリストさまは何年この世におられましたか。

▲三十三年であります。

79③ イエズス・キリストさまは三十才まで何をなさいましたか。

▲イエズス・キリストさまは三十才まで親に従い、お働きなさいました。・

80③ なぜイエズス・キリストさまは親に従い、お働きなさいましたか。

▲孝行の道を教え、私たちの手本になるためであります。

81② イエズス・キリストさまさえその通り親にお従いになったならば、私たちはどうしなければなりませんか。

▲私たちはなおさら親に従い、孝行しなければなりません。

82③ イエズス・キリストさまは親を何と思っておられましたか。

▲イエズス・キリストさまは親を神さまの代わりと思っておられました。

83③ 私たちも親をなんと思わなければなりませんか。

▲親を神さまの代わりと思わなければなりません。

84③ イエズス・キリストさまは三十才の時に何をなさいましたか。

▲弟子をお選びになりて福音を教えなさいました。

85③ 福音とは何でありますか。

▲福音とは救霊を得る道であります。

86③ 救霊を得るとは何でありますか。

▼救霊を得るとは罪をゆるされ、天国において終わりない幸いを受けることであります。

第六 イエズス・キリストさまの教え

87③ イエズス・キリストさまはどんな人が救霊を得るとおおせられましたか。

▲信じて洗礼を受ける人は救霊を得るとおおせられました。

88③ 何を信じなければなりませんか。

▲神さまのこと、またイエズス・キリストさまの教えを信じなければなりません。

89③ 何のために洗礼を受けますか。

▲洗礼を受けるのは罪がゆるされ、神さまの子どもになるためであります。

90③ 洗礼をもって何の罪がゆるされますか。

▲洗礼をもって原罪もほかの罪もみなゆるされます。

91③ 神さまを信じるだけで足りますか。

▲いいえ、なお救霊をぜひ得ようと望まなければなりません。

92③ 何のためにそれを望まなければなりませんか。

▲神さまがそれをお約束なさったからであります。

   

93③ そのほか神さまに対して、どうしなければなりませんか。

▲神さまを信じ、救霊を得ることを望むほか、なお神さまを愛さなければなりません。

94③ 何をもって神さまを愛することがわかりますか。 

▲神さまのために悪いことをせず、善いことをするのでわかります。

95③ 悪いことをしても神さまを愛すると言われませんか。

▲悪いことをすれば神さまを愛するとは言われません。

96③ どれほど神さまを愛さなければなり.ませんか。

▲心を尽くし、カを尽くして神さまを愛さなければなりません。

97③ 神さまだけを愛すれば足りますか。

▲いいえ、人をも愛さなければなりません。

98③ 人を愛するのはかわいらしいからでありますか。

▲いいえ、かわいらしくない人でも、神さまのために愛さなければなりません。

99③ 人をどのように愛さなければなりませんか。

▲人を自分のように愛さなければなりません。

100③ 人を自分のように愛するとは何でありますか。

▲自分が望まないことを人にもせず、自分が望むことを人にもすることであります。

101③ 人のためにすることはどうなるとおおせられましたか。

▲人のためにすることは、善いことでも、悪いことでも、神さまにしたと同様になるとおおせられました。

102③ イエズス・キリストさまは敵をどうせよとおおせられました

▲敵をも愛し、そのために祈れとおおせられました。

103③ 人を許さないならばどうなるとおおせられましたか。

▲敵をゆるさないならば、自分も神さまからゆるされないとおおせられました。

104③ イエズスさまは子どもをどうなさいましたか。

▲イエズスさまは子どもをことさらにかわいがり、呼びよせて、ひざに上げたり、だいたりなさいました。

105③ なぜイエズスさまはそのように子どもをかわいがりなさいましたか。

▲子どものようにならなければ天国にはいられないとおっしゃったからであります。

106② 悪い子どもでもイエズスさまにかわいがられますか。

▲いいえ、善い子どもになるように一生けんめい努める者だけがかわいがられます。

107② 私たちもよい子どもになるように努めなければなりませんか。

▲はい、ぜひイエズスさまにも親にも喜ばれるように努めなければなりません。

108③ 私たちもイエズスさまのおそばにいくことができますか。

▲はい、おみ堂へまいってお祈りをする時はイエズスさまのおそばにいくのであります。

109③ イエズス・キリストさまは、施し、祈り、善業についてどうおおせられましたか。

▲人に見られるためにしてはならないとおおせられました。

110③ ほめられるために善いことをすればどうなるとおおせられましたか。

▲神さまからほうびを受けられないとおおせられました。

111③ 苦しい時にどうせよとおおせられましたか。

▲苦しい時によく忍耐すれば、天国でたくさんのごほうびがあるとおおせられました。

112③ 祈りについてはどうおおせられましたか。

▲「求めよ、そうすれば与えられるであろう」といくたびもおおせられました。

113③ どんな心で祈らなければなりませんか。

▲私の祈りがよければ聞きいれてくださると堅く信じて祈らなければなりません。              

114③ いつ祈れとおおせられましたか

▲いつも祈らなければならないとおおせられました。

115③ イエズス・キリストさまもお祈りになったことがありますか。

▲はい、たびたび、夜通しお祈りになったこともあります。

   

116② イエズス・キリストさまは一つの祈りをお教えになったのではありませんか。

▲はい、『天にまします』の祈りを教えてくださいました。

117① 『天にまします』の祈りを唱えてごらんなさい。

▼天にましますわれらの父よ、願わくはみ名のとうとまれんことを、み国の来たらんことを、み旨の天に行なわるるごとく地にも行なわれんことを。われらの日用のかてを今日われらに与えたまえ。われらが人にゆるすごとく、われらの罪をゆるしたまえ。われらを試みに引きたまわざれ、われらを悪より救いたまえ。アーメン。

 

118③ いつ祈らなければなりませんか。

▲たびたび、ことに朝晩、おみ堂にいる時、必要の時は祈らなければなりません。

       

119③ イエズス・キリ・ストさまはみ教えのまことである証拠に何をなさいましたか。

▲み教えのまことである証拠に奇跡を行ないなさいました。

120③ 奇跡とは何でありますか。

▲奇跡とは人の力でできないふしぎなことであります。

121③ イエズス・キリストさまはどんな奇跡を行ないなさいましたか。

▲ひと言でいろいろの病人をなおしたり、死人を生きかえらせたりなさいました。

122③ 医者でも病人をなおすではありませんか。

▲はい、けれどもひと言ではありません、薬を使ってであります。

第七 イエズス・キリストさまのご受難とご復活

123① 人間を救うためにイエズス・キリストさまは特別に何をなさいましたか。

▲イエズス・キリストさまは人間を救うために苦しみを受けておなくなりになりました。

124② イエズス・キリストさまはどんな苦しみをお受けになりましたか。

▲イエズス・キリストさまは、むちうたれ、恥ずかしめられ、いばらのかんむりをかぶせられ、くぎで十字架にはりつけられなさいました。

125② イエズス・キリストさまのおん苦しみはご自分の罪のためでありましたか。

▲いいえ、イエズス・キリストさまに罪はありません。私たちの罪のためでありました。

126① イエズス・キリストさまのおん苦しみはひどうございましたか。

▲はい、イエズス・キリストさまのおん苦しみは言われないほどひどうございました。

127③ そうまで苦しみなさらなくてもよかったのではありませんか。

▲よかったのですけれども、それで私たちを深くお愛しになること、罪のひどいことをお知らせになったのであります。

128② わたくしたちがこのうえ罪を犯せばどうなりますか。 

▲イエズス・キリストさまをまた十字架にかけると同様になります。

         

129② イエズス・キリストさまのおなくなりになったのは何曜日でありましたか。

▲イエズス・キリストさまのおなくなりになったのは金曜日の午後三時ごろでありました。

130① イエズス・キリストさまはおなくなりになったままでありますか。

▲いいえ、お約束のように三日目によみがえりなさいました。

131③ イエズス・キリストさまのよみがえりなさいましたことを何と申しますか。

▲イエズス・キリストさまのご復活と申します。

132② イエズス・キリストさまはだれの力でよみがえりなさいましたか。

▲ご自分の力でであります。

 

133② イエズス・キリストさまのほかに自分の力でよみがえったものがありますか。

▲いいえ、全世界に一人もありません。

134② イエズス・キリストさまのご復活は何の証拠でありますか。

▲イエズス・キリストさまはただの人でないという明らかな証拠であります。

 

135② イエズス・キリストさまのご復活は何曜日でありましたか。

▲イエズス・キリストさまのご復活は日曜日の朝でありました。

136② イエズス・キリストさまはご復活ののち何をなさいましたか。

▲ご復活ののちたびたびお弟子たちにお現われになりました。

137② イエズス・キリストさまはご復活ののち何日の間この世にお止まりになりましたか。

▲四十日の間であります。

 

138① イエズス・キリストさまはご復活ののち四十日目にどうなさいましたか。

▲天におのぼりになりました。

139② イエズス・キリストさまの天におのぼりになりましたことを何と申しますか。

 

▲イエズス・キリストさまのご昇天と申します。

第八 教会のこと

 

140② イエズス・キリストさまのあとにだれがその教えをひろめましたか。

▲使徒と言われる十二人の弟子であります。

141② お弟子の中にかしらに立てられた者がありますか。

▲はい、聖ペトロと言う方がかしらに立てられました。

142③ 聖ペトロは何のかしらに立てられましたか。

▲聖ペトロは教会のかしらに立てられました。

143③ 教会とは何でありますか。

▲教会とはイエズス・キリストさまの信者の団体であります。

144③ 教会を定めたのはどなたでありますか。

▲教会をお定めになったのは、イエズス・キリストさまであります。

145③ イエズス・キリストさまは教会をいくつもお定めになりましたか。

▲いいえ、イエズス・キリストさまはただ一つの教会だけをお定めになりました。

146② イエズス・キリストさまのお定めになった教会はどれでありますか。

▲イエズス・キリストさまのお定めになった教会はカトリック教会であります。

147③ カトリック教会とはどういう意味でありますか。

▲カトリックとは公けということで、すなわちすべての人のためにたてられ全世界にひろがっていく教会という意味であります。

148② 聖ペトロのあとつぎがありますか。

▲はい、それはローマ教皇であります。

149③ それなら今教会のかしらはだれでありますか。

▲やはりローマ教皇であります。

150③ 教皇のほかに教会のかしらはありませんか。

▲あります。司教もその地の教会のかしらであります。

151③ 司教はだれのあとつぎになりますか。

▲司教は使徒たちのあとつぎになります。

第九 聖霊のこと

152③ イエズス・キリストさまの弟子たちはよほどカのある者でありましたか。

▲いいえ、弟子たちはもとは弱い者でありました。

153③ 弟子たちはだれのカで教えをひろめましたか。

▲弟子たちは聖霊の力によって教えをひろめました。

154③ 弟子たちはいつ聖霊をいただきましたか。

▲弟子たちはご昇天の後十日目に聖霊をいただきました。

155③ 弟子たちが聖霊をいただいたことを何と言いますか。▲聖霊降臨と言います。

156③ 私たちも聖霊に強められますか。

▲私たちも聖霊に強められます。それは堅信を受ける時であります。

第十 四終のこと

157① 人はいつまでもこの世に生きていますか。

    

▲いいえ、人は死ぬに決まっています。

158① 人が死ぬとはどう言うことでありますか。

▲人が死ぬとは霊魂とからだとがはなれることであります。

159① 死んでからからだはどうなりますか。

▲からだはだんだんくさって土になります。

160① 死んでから霊魂はどうなりますか。

▲霊魂は死んでからすぐに審判を受けます。

161① 審判とは何でありますか。

▲審判とは一生の善悪の調べであります。

162③ 死んだ時の審判を何と言いますか。

▲死んだ時の審判を私審判と言います。

163③ 私審判とはどう言う意味でありますか。

▲私審判とは私の審判、それは一人ずつのお調べの意味であります。

164③ 私審判のほかにまだ一つの審判がありますか。

▲はい、世終わりにすべての人の審判があります。

165③ 世の終わりの審判を何と言いますか。

▲世の終わりの審判を公審判と言います。

166③ 公審判とはどう言う意味でありますか。

▲公審判とは公けの審判という意味であります。

167② 私審判ののち霊魂はどうなりますか。

▲私審判ののち霊魂は天国、あるいは地獄、あるいは煉獄に行きます。

168② 天国とは何でありますか。

▲天国とは神さまを見て終わりない幸いを受ける所であります。

169③ だれでも天国にはいることができますか。

▲いいえ、恩恵を持って死んだ人でなければ天国にはいれません。

170② 地獄とは何でありますか。

▲地獄とは罪人が神さまからすてられて終わりなく苦しむ所であります。

171③ だれが地獄にはいりますか。

▲大きな罪を持って死んだ人が地獄に落とされます。

172② 煉獄とは何でありますか。

▲煉獄とは罪の償いを果たすまで霊魂が苦しむ所であります。

173③ だれが煉獄にはいりますか。

▲すこしの罪でもあるか、または罪の償いの足りない人の霊魂が煉獄にはいります。

174③ 天国にいる霊魂は私たちを助けることができますか。

▲はい、神さまにお願いして、私たちを助けることができます。

175③ 私たちは煉獄の霊魂を助けることができますか。

▲はい、祈りや善業などをもって煉獄の霊魂を助けることができます。

176③ 死んだ人のために祈るのはよいことですか。

▲はい、死んだ人のために祈るのはたいへんよいことであります。

177③ 人の信じなければならないことは何に書いてありますか。

▲使徒信経にだいたい書いてあります。

178③ 使徒信経とは何でありますか。

▲十二使徒の教えたことを書きのせたものであります。

179① 使徒信経を唱えてごらんなさい。

▲われは、天地の創造主、全能の父なる神を信じ、またその御ひとり子われらの主イエズス・キリスト、すなわち聖霊によりて宿り、童貞マリアより生まれ、ポンシオ・ピラトの管下にて苦しみを受け、十字架に付けられ、死して葬られ、古聖所にくだりて三日目に死者のうちよりよみがえり、天にのぼりて全能の父なる神の右に坐し、かしこより生ける人と死せる人とをさばかんために来たりたもう主を信じ奉る。われは聖霊、聖なるカトリック教会、諸聖人の通功、罪のゆるし、肉身のよみがえり、終わりなき命を信じ奉る。アーメン。

第二編 守らねばならないこと

第一 神さまの十戒

180② たすかりを得るには、神さまの教えを信じるだけで足りますか。

▲いいえ、なによりもまず神さまの十戒を守らなければなりません。

181③ 神さまの十戒とはなんでありますか。

▲十戒とは神さまがシナイ山の上でお与えになった十の戒めであります。

182③ 第一戒を唱えてごらんなさい。

▲第一、われはなんじの主なる神なり、われのほか、何者をも神となすべからず。

183③ 造り主の神さまのほかに真の神さまがありますか。

▲造り主の神さまだけが真の神さまでありますから、そのほかに真の神さまはありません。

184③ 真の神さまをどうしなければなりませんか。

▲真の神さまを一心に信じ、拝み、何よりも愛し、お祈けをしてお仕えしなければなりません。、

185③ 真の神さまのほかのものを真の神さまと同じように拝むことができますか。

▲真の神さまのほかのものを真の神さまと同じように拝めば、第一戒にそむきます。

186③ ほかの神仏を拝むことはどうでありますか。

▲ほかの神仏を拝むのは迷信の罪であります。

187② 天使や聖人をどうしなければなりませんか。

▲天使や聖人を敬い、愛し、そのよい手本にならわなければなりません。

188② 天使や聖人のうちで特別に敬い愛さなければならない方はどなたでありますか。

▲聖母マリアであります。

189③ 第二戒を唱えてごらんなさい。

▲第二、なんじ、神の名をみだりに呼ぶなかれ。

190③ 第二戒に従うにはどうしなければなりませんか。

▲神さまのことをいつもていねいに言わなければなりません。

191③ 第三戒を唱えてごらんなさい。

▲第三、なんじ、安息日を聖とすべきことをおぼゆべし。

192③ 安息日とは何のことでありますか。

▲休み日と言うことであります。

193① 安息日はいつでありますか。

▲安息日は、今は日曜日であります。

194③ 日曜日をまた何と呼びますか。

▲日曜日をまた主日、神さまの聖い日と呼びます。

195② 日曜日にはどうしなければなりませんか。

▲日曜日には仕事を休んでごミサに行かなければなりません。

196③ 第四戒を唱えてごらんなさい。

▲第四、なんじ、父母を敬うベし。

197③ 父母を敬うとは何でありますか。

▲父母を上と思い、ていねいにすることであります。

198② 父母を悲しませるのはどうでありますか。

   

▲父母を悲しませるのは.神さまの第四戒にそむきます。

199② 父母を悲しませないだけで足りますか。

▲いいえ、父母を喜ばせるようにぜひ努めなければなりません。

200② 兄弟や親類をどうしなければなりませんか。

▲兄弟や親類となかよくしてかれらを喜ばせ、また助けなければなりません。

201③ 先生をどうしなければなりませんか。

▲先生は父母の代わりに教えますから、先生を敬い、その教えに従わなければなりません。

202③ としよりをどうしなければなりませんか。

▲としよりに親切をつくし、面倒をみてあげなければなりません。

203③ 第五戒を唱えてごらんなさい。

▲第五、なんじ、殺すなかれ。

204③ 殺すなかれとは何のことでありますか。

▲人をむりに殺すなということであります。

205③ 人を殺しさえしなければいいのですか。

▲いいえ、人をむりに打ち、傷つけることも第五戒にそむきます。

206② けんかはどうでありますか。

▲けんかも打ち合いのもとになり、愛徳にそむきますから、神さまはおきらいであります。

207① 哀れな人をいじめることはどうでありますか。

▲哀れな人をいじめるのは悪いことで、神さまはお喜びになりません。

208③ 鳥獣を苦しめるめはどうでありますか。

▲鳥獣でもわざと苦しめるのは悪いことであります。

209③ 第六戒を唱えてごらんなさい。

▲第六、なんじ、かんいんするなかれ。

210③ 第六戒はどんなことを禁じますか。

▲第六戒はすべてけがらわしいことを禁じます。

211③ 第七戒を唱えてごらんなさい。

▲第七、なんじ盗むなかれ。

212③ 何が盗みになりますか。

▲人の物をとって、自分の物にすることであります。

213② 人の物を返さなくてもその罪はゆるされますか。

▲人の物をできるだけ返さなければその罪はゆるされません。

214③ 家の物を盗むことも悪いことでありますか。

▲家の物はみなのためですから、親にだまってとることは盗みの罪になります。

215③ つまみぐいはどうでありますか

▲つまみぐいは恥ずかしいことだけでなく、神さまの第七戒にそむきます。

216② 人の物をいためるのはどうでありますか。

▲人の物をむりにいためるのは神さまの第七戒にそむきます。

217③ 第八戒を唱えてごらんなさい。

▲第八、なんじ、偽証するなかれ。

218② うそとは何でありますか。

▲うそとは人をだますために、ほんとうでないことを言うことであります。

219① うそを言うことはどうでありますか。

▲うそは神さまの第八戒にそむきます。

220② 人の悪口を言うのはどうでありますか。

▲人の心をいためることで、愛徳にそむきます。

221③ 第九戒を唱えてごらんなさい。

▲第九、なんじ、人のつまを望むなかれ。

222③ 第十戒を唱えてごらんなさい。

▲第十、なんじ、ひとの持ち物をみだりに望むなかれ。

223③ 人の物をほしいと思ったならば、どうすればよいのですか。

▲人の物をほしいと思う時は、それを持っている人からいただくか、あるいは買うようにしなければなりません。

第二 教会の六つのおきて

224③ 神さまの十戒のほかに、守らなければならないおきてがありますか。

▲はい、教会の六つのおきても守らなければなりません。

225③ 教会の第一のおきてを唱えてごらんなさい。

▲第一、日曜日と守るべき祝日に、ミサ聖祭にあずかり、労働を休むこと。

226③ 教会の第二のおきてを唱えてごらんなさい。

▲第二、少なくとも毎年一度罪を告白すること。

227③ 私たちも告白しなければなりませんか。

▲はい、大きな罪があれば必ず告白しなければなりません。

228③ 教会の第三のおきてを唱えてごらんなさい。

▲第三、少なくとも毎年一度復活祭のころにに聖体を受けること。

229③ わたしたちも聖体をうけなければなりませんか。

▲はい、年に一度でもぜひ聖体をいただくようにしなければなりません。

230③ 教会の第四のおきてを唱えてごらんなさい。

▲第四、定められた日に大斎を守ること。

231③ 教会の第五のおきてを唱えてごらんなさい。

▲第五、定められた日には小斉を守ること。

232③ 小斎とは何でありますか。

▲小斎とは鳥獣の肉を食べないことであります。

233③ なぜ金曜日は償いの日ですか。

▲イエズス・キリストさまが金曜日に私たちのためにお死にになったからであります。

234③ 教会の第六のおきてを唱えてごらんなさい。

▲第六、おのおのの分に応じて教会の維持費を負担すること。

第三 罪のこと

235③ 神さまにそむくことを何と言いますか。

▲神さまにそむくことを罪と言います。

236③ 知らずに神さまにそむくことも罪になりますか。

▲知らずに神さまにそのくことは罪になりません。

237③ 例えば小斎の日に忘れて鳥獣の肉を食べれば罪になりますか。

▲いいえ、忘れた時は罪になりません。

238② 大きな罪を何と言いますか。

▲大きな罪を大罪と言います。

239② わずかのことでも大罪になりますか。

▲いいえ、わずかなことは大罪になりません。

240③ よく知らずに神さまにそむくことは大罪になりますか。

▲いいえ、よく知らない時は大罪になりません。

241③ 大罪でない罪を何と言いますか。

▲大罪でない罪を小罪と言います。

242③ 大罪は何をもって罰せられますか。

▲大罪は地獄をもって罰せられます。

243③ 小罪でも罰せられますか。

▲はい、小罪は煉獄で罰せられます。

244③ 大罪でもゆるされる道がありますか。

▲洗礼の前の大罪は洗礼をもってゆるされ、洗礼の後の大罪は告白をもってゆるされます。

第四 告白

245② だれに告白しますか。

▲司祭に告白します。

246① 告白とは何でありますか。

▲告白とは、罪をゆるしていただくために、司祭に罪を言いあらわすことであります。

247② 司祭はどうして罪をゆるすことができますか。

▲イエズス・キリストさまがその通りお定めになったからであります。

248② 司祭は自分の力で罪をゆるすことができますか。

▲いいえ、イエズス・キリストさまから与えられた力をもってゆるします。

249② 何を告白しなければなりませんか。

▲大罪とその数を告白しなければなりません。

250② 大罪をかくせばどうなりますか。

▲大罪をかくせば言いあらわした罪まで一つもゆるされません。

251② 大罪をかくせば罪はゆるされないだけですみますか。

▲いいえ、なお一つの大罪になります。

252② 大罪をかくした時はどうしなければなりませんか。

▲ぜひ告白をし直さなければなりません。

253② 大罪を忘れた時はどうでありますか。

▲次ぎの時に告白すればよいのであります。

254② 罪をよく告白するにはまず何をしなければなりませんか。

▲よく祈って糾明しなければなりません。

255② 糾明とは何でありますか。

▲糾明とはどんな罪を犯したかをよく考えることであります。

256② 告白したばかりで罪がゆるされますか。

▲いいえ、何よりも痛悔しなければなりません。

257② 痛悔とは何でありますか。

▲痛悔とは罪をおかしたことを心から悔みきらうことであります。

258② 罰を受けるから罪を悔やむと言うだけで足りますか。

▲いいえ、神さまにそむいたことを悔やまなければなりません。

259② イエズス・キリストさまに対してどう痛悔しますか。

▲罪をもってイエズス・キリストさまを苦しめたことを悔みます。

260② 痛悔は罪を悔むだけでありますか。

▲いいえ、今から罪を犯さないと堅くきめなければなりません。

261② 告白するために司祭のそばにいってまずどうしますか。

▲『父と子と聖霊のみ名によって、アーメン』と、十字架のしるしをして、『私は罪を犯しましたから、霊父のえん祝をおねがいいたします』と言います。

262② その次ぎに何を言いますか。

▲その次ぎに前の告白はいつであったかを言います。

263② 前の告白はいつでしたと言ってからどうしますか。

264② どういう心をもって告白すればよいのですか。

▲司祭は神さまの代わりになって、告白をきいてくださると信じてすればよいのです。

265② 罪を告白することを恐れるのはどうでありますか。

▲決して恐れる必要はありません。

266② 告白した罪を司祭が人に彗す心配はありませんか。

▲司祭は殺されても、告白の時にきいた罪をもらすことができません。

267② 罪を告白してからどう言いますか。

▲『私のおぼえている罪はこれだけですが、おぼえていない罪もいっしょに悔みますから、どうぞおゆるしください』と言います。

268② 罪を告白して後どうしますか。

▲司祭のおさとしをよくきかなければなりません。

269② 罪のゆるしを受ける時どうしますか。

▲一心に痛悔の祈りを唱えます。

270① 痛悔の祈りを唱えてごらんなさい。

▲ああ神よ、われ、主の限りなくきらいたもう罪をもって、限りなく愛すべきおん父にそむきしを深く悔み奉る。おん子イエズス・キリストの流したまえるおん血の功徳によりてわが罪を赦したまえ。恩恵の助けをもって今より心を改め、再び罪を犯してみ心にそむくことあるまじと決心し奉る。

271② 告白がすんでからどうしなければなりませんか。

▲司祭から言われたことをよく覚えて、言いつけられた償いを果たさなければなりません。

272① 人の告白を、そばで聞くのはどうでありますか。

▲悪いことであります。

273② 司祭から言われたことを人に話してもよいですか。

▲司祭ももらすことができませんし、私たちも告白のとき司祭に言われたことは自分のためのおさとしですから、人に話してはなりません。  

274② 告白ののち何が大事でありますか。

▲告白ののちに何より大事なことは罪を改めることであります。

第五 聖体のこと

275③ 聖体とは何でありますか。

▲聖体とはイエズス・キリストさまのおんからだとおん血であります。

276③ イエズス・キリストさまのおんからだは見えますか。

▲いいえ、イエズス・キリストさまはパンの形色の中にかくれておいでになります。

277③ なぜイエズス・キリストさまはパンの形におかくれなさいましたか。

▲もしイエズス・キリストさまが実際お見えになれば、おそれおおくて、だれも近よらないからであります。

278③ 聖体はやはりパンではありませんか。

▲いいえ、パンの形、色ばかりであって、パンはイエズス・キリストさまのおんからだに変わっております。

279③ 聖体はパンの形色であるのに、どうしてイエズス・キリストさまのおん体と言われますか。

▲イエズス・キリストさまが『これはわたしのからだである』とおおせられたからであります。

280③ イエズス・キリストさまがかねていろいろな病人に向かって『なおれ』とおおせられた時、どうなりましたか。

▲病人はすぐなおりました。

281③ 死んだ人に向かって『起きよ』とおおせられた時、どうなりましたか。

▲死人はすぐに生きかえりました。

282③ 波風のひどいのに『しずまれ』とおおせられた時、どうなりましたか。

▲波風はすぐしずまりました。

       

283③ それではパンを祝して『これはわたしのからだである』とおおせられた時、どうなりましたか。

▲おことばの通りパンはすぐおんからだになりました。

    

284③ そうして弟子たちにどうおおせられましたか。

▲『わたしの記念としてこの通りせよ』 とおおせられました。

285③ パンはいつイエズス・キリストさまのおんからだになりますか。

▲ミサの時であります。

286③ ミサとは何でありますか。

▲ミサはイエズス・キリストさまのおんからだとおん血を神さまにささげる祭りであります。

287③ ミサの時どうしなければなりませんか。

▲イエズス・キリスさまが実際祭壇の上においでになりますから、そのことを忘れないで、よくいのらなければなりません。

288① ミサの時、あちこちを見たりぎょうぎの悪いことをしたりすればどうなりますか。

▲イエズス・キリストさまにたいそう無礼になります。

289③ 聖体はイエズス・キリストさまのおんからだとおん血だけでありますか。

▲いいえ、聖体はイエズス・キリストさまの全く生きておられるそのままであります。

290③ 聖体は、イエズスさまがベツレヘムのうまやでお生まれになりましたと全く同じでありますか。

▲はい、全く同じであります。

291③ 聖体は十字架にはりつけられなさいましたと同じイエズスさまでありますか。

▲はい全く同じであります。

292③ どういう心をもって聖体を拝みますか。

▲聖体においでになるイエズス・キリストさまの、おそばに行ったという考えで聖体を拝みます。

293② 聖体の前でどのように祈らなければなりませんか。

▲イエズス・キリストさまを目で見るように祈らなければなりません。

       、      

294③ パンと言うものは体の養いになるものでありますか。

▲パンは体の養いになるものであります。                                    

295③ イエズス・キリストさまがパンの形のうちにおんからだをおかれたことは何を現わしますか。

▲私たちの霊魂を養うものであることを現わします。

296③ 霊魂を養うとは何のことでありますか。

▲食べ物のように力をつけて、神さまの子どもである命を続けさせることであります。

297③ 聖体拝領とは何のことでありますか。

▲聖体をもってイエズス・キリストさまを自分のからだにいただくことで、イエズス・キリストさまと一つのものになります。

298③ 聖体をいただくのは、おさないイエズスさまをだくようなことでありますか。

▲それよりなおありがたいことであります。

299③ 聖体をいただくのは、むかし子どもがイエズスさまにだかれたようなことと同じでありますか。

▲それよりもっとありがたいことであります。

300③ 聖体をいただくことはどれほど幸いでありますか。

▲聖体をいただくことは聖母マリアさまと似たことで、何より幸いであります。

301③ イエズス・キリストさまと一つのものならどうするはずでありますか。

▲イエズス・キリストさまのお好みになることを私たちも好み、おきらいになることを私たちもきらわなければなりません。

302③ 大罪がありながら聖体をいただけばどうなりますか。

▲また大罪を重ねて、ひどい汚聖の罪を犯します。

303② 大罪があれば聖体をいただく前にどうしなければなりませんか。

▲ぜひ告白して大罪のゆるしを受けなければなりません。

304③ 聖体をいただく前に飲食してはどうですか。

▲聖体をいただく前に、水は飲んでもよいですが、他の飲み物を飲んだり食物をたべたりしてはなりません。

305③ いつから飲食してはなりませんか。

▲食べ物や、水のほかの飲み物は、聖体をいただく一時間前から、とってはなりません。ただ水だけはいつのんでもよろしい。

306② 聖体いただく時に衣服はたいせつですか。

▲よい衣服を持っていなければ、ふだん着でも聖体を受けられます。けれども初聖体拝領は心のお祝いですから、その時はできるだけよい衣服を着るのがほんとうです。

307③ そのほか聖体をいただく前にどうしなければなりませんか。

   

▲ぜひ準備のお祈りをしなければなりません。

308② ごミサの間に「聖体拝領の祈り」をすることができない時にはどうしますか。

▲ごミサの祈りさえよくすれば、それで十分であります。

309③ 聖体をいただく時はどういう心がけがたいせつですか。

▲聖体のうちにイエズスさまがかくれておいでになることを堅く信じて、目で見るように、ありがたく思う心をもっていただくことがたいせつです。

310② 聖体をかみますか。

▲かんでもよいのですが、舌の上でやわらかくなった時のみくだします。

311② 聖体が歯あるいはうわあごにくっついたならば指でさわりますか。

▲指または舌の先で静かにはずさなければなりません。

312③ 聖体をいただいてから、どうしなければなりませんか。

▲聖体をいただいてから、感謝し、お祈りをしなければなりません。

313③ だれのために祈らなければなりませんか。

▲自分のためはもちろん、親、兄弟、親戚、恩人のため、またみなのために祈らなければなりません。

314③ 聖体をいただいてからお祈りをしただけですみますか。

▲いいえ、これからすべてをもっと熱心にするように心を励まさなければなりません。

315③ 聖体をいただいた時、ことさらによいことがありませんか。

▲こんどはイエズスさまをお喜ばせするためにどうすればよいかと考えて、くふうするのが何よりよいことであります。

316③ 聖体をいただいてから、またイエズスさまをお悲しませすればどうなりますか。

▲恩知らずで、たいへん悪いことであります。

317③ 聖体をたびたびいただくようにするのはよいことですか。

▲それこそイエズスさまのお望みのことであって私たちの霊魂に大いにためになります。

318㊧聖体をたびたび受ける人はどういう覚悟でいなければなりまんか。

▲聖体をたびたび受ける人は、聖体を受けるたびに、心をいれかえ、もっとあやまちを改め、イエズスさまのおん徳にならい、しっかりした信者となり、人のおてほんとなるように努めなければなりません。

319③ よい子どもはおみ堂をどう思わなければなりませんか。

▲おみ堂を神さまの家と思い、これをよごさぬように注意し、またお祈りをする所でありますから、そこにおいでになるイエズスさまを時々訪問し、出入りする時はさわがず、走らず、ぎょうぎよくお祈りをしなければなりません。

320③ よい信者は教会をどう思いますか。

▲よい信者は司祭と心を合わせて教会の栄えることを祈り、そのために働きます。そして教会の喜びを自分の喜びとし、その悲しみを自分の悲しみとするのであります。

昭和二十二年三月五日増訂初版発行

昭和五十二年十月十日十六版発行  定価100円

札幌市東区北十一条二丁目

著者兼発行者 光明社

札幌市東区伏古八条二丁六番十二号
電話 011-721-7841

印刷所  天使院印刷製本部

札幌市東区北十一条東二丁目

発行所  光明社

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