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J.M.J.

歓迎の言葉

回勅『フマネ・ヴィテ』は1968年7月25日に教皇パウロ六世が出された教会文書です。折しも、世界は1960代初期に開発・発売された避妊ピルに夢中になっていました。 セックスはO.K.、しかし子供は要らないという快楽至上主義に対する警告が回勅『フマネ・ヴィテ』でした。この世は言うまでもなく、カトリック教会内部でもこの回勅は大方無視された結果が、現在見られる道徳の退廃、離婚の急増、人工妊娠中絶の容認、安楽死の名の下になされる老人や病人の殺害、身体障害のある胎児の妊娠中絶、国家権力による強制的産児制限、etc.です。これらは回勅が明白に予言していたものです。赤ちゃんは神が夫婦にお与えになる恵みです。もちろん出産と子育てには費用がかかりますが、子供の生命と金を秤にかけること自体が間違いではありませんか?
                     
『フマネ・ヴィテ』研究会は同回勅に関する外国の優れた論文を翻訳して皆さんに提供しています。回勅『フマネ・ヴィテ』を大事にしない、無視するなどのことが意味するのは、キリストの教えを勝手に選択して伝え、受け容れるということにほかなりません。キリストの教えを選り好みすることは実は許されません。許されないのにそうしていると、ついには信仰自体がおかしくなってくるのは必然です。日本の教会にもそのしるしは多々見られます。ですから、回勅『フマネ・ヴィテ』を擁護する運動をしていると、運動は必然的に正統信仰擁護の運動になってきます。このホーム・ページでは先々、ミサ、御聖体、偽りの聖母出現の問題等にもかかわることになります。

日本での妊娠中絶は一日1500件あると言われます。一人の人間が生涯にもたらす経済効果だけ考えても莫大な国家的損失です。統計的には2500A.D.に、日本の人口がわずか500人になると計算した人さえいます。実際問題として、日本人はどこかで軌道修正をするのでしょうから、これは現実的数字でないと言えるかも知れません。それでなくても、避妊・中絶メンタリティーの持ち主であれば、その子孫が末広がり的に増加することはないわけですから、こういう人たちは死に絶える方向に向かい、少なくとも子供を3人か4人生むような多子家庭の出身者がこの国の富を相続することになるでしょう。少子社会が長期にわたって栄えることなど不可能です。このような方向転換までが大変ですが、実はもうすでに大変な時代にさしかかっています。青少年の犯罪、親殺し、子殺し、何があっても驚いてはいけません。避妊社会の当然の産物だからです。また、同性愛者が大きな顔をするのも避妊社会の特徴です。ですから、祈りましょう。「神様、わたしたちを哀れんでください」。


 『フマネ・ヴィテ』研究会主宰
カトリック司祭 成相明人