English original クリストフォロ 落合俊介君
これは今から六百七十年も前の話です。
「どうぞ!」遠慮がちなノックに応えて、ドミニコ会女子修道院の院長様の声が聞こえました。
古くて、大きなドアがギーッと音を立てて開くと、受付の修道女の困ったような、それでいて笑っているような顔が見えます。「院長様、どうしましょう。あの子がまた来ているんですが。」
「イメルダ・ランベルティーニ?」
「そうなんです、院長様。あの子は修道院に入れてくれって言うんですよ。あんなに熱心に、あの大きな目で見つめられると、どうしても取り次ぐのを断ることができなくって…すみません。」
「いいですか、シスター。あの子はまだ九歳なんですよ。ボローニャでは、いやイタリアのどの町だって、そんな小さな子が志願者になったなんて話は聞いたことがありません。九歳の修道女ですって? 彼女をここに受け入れるとしても…いいえ、そんなことできるわけがありません。とにかく、三日も経てばあの子はホームシックにかかるでしょうよ…でも、まあ、会って、話してみましょう。」
院長様は立ち上がって、長い廊下を受付の修道女と一緒に応接間に向かいました。院長様が応接間に入ると、いすに座っていた小さな女の子は急いで立ち上がりました。
それはそれは美しい女の子で、とってもすてきな可愛いドレスを着ていました。
イメルダ・ランベルティーニは、イタリアはボローニャに住むある貴族の娘でした。お父さんはエガノ・ランベルティーニ伯爵。イメルダの両親はとても熱心な信者で、目の中に入れても痛くないほど娘のイメルダを愛していました。イメルダが心から自分たちを愛しているのはよく分かっていたのですが、二人は娘がこの世の幸せのためだけに生まれたのでないことを、薄々感じていました。
伯爵夫人もしばしば娘の姿を見失い、広い屋敷内をあちこち探すと、人目に付かない隅っこでひざまずいて祈っているイメルダを見つけるものでした。「イメルダ、イメルダ、イメルダ!」お母さんが何度も呼ぶと、イメルダは深い眠りから覚めたように、祈りの世界からこの世に帰ってくるのでした。
だれかが神様の話をしようものなら、イメルダは目を輝かせ、一言も聞き漏らさないように聴き入るのでした。特に御聖体のイエズス様の話をすると、イメルダの顔はまるで光を浴びたように変わってしまうのです。
「ママ、わたしの初聖体はいつ? いつイエズス様をわたしの心にお迎えできるのかしら?」
「イメルダ、知ってるでしょう? 十二歳にならないと初聖体は許されないのよ。それが教会の決まりなの」とランベルティーニ伯爵夫人はいつも答えていました。
それはイメルダにとって気も遠くなるように先のことでした。教会がそう決めているのであればと、イメルダは直接イエズス様に願い始めたのです。「イエズス様、どうぞ一刻も早くわたしの胸の中においで下さい。お待ちしています。」イエズス様は必ずこの祈りを聞き入れて下さるだろう、とイメルダは確信していました。
また、両親と共にしばしば訪問していた聖マリア・マグダレナ修道院にいるドミニコ会の修道女たちのことも、とってもうらやましいと思っていました。「だって、修道女たちはイエズス様と同じ屋根の下に暮らしているんだもの。なんて幸せな人たちなんでしょう!」とイメルダはいつも考えていました。
ある日、イメルダは自分の問題には解決があることに気づきました。「そうだ! わたしも修道女になればいいんだわ! どうして今まで考えつかなかったのでしょう? 修道院に行って、志願者にして下さいって頼んでみよう。そうすれば初聖体はまだ許されなくっても、イエズス様と同じ家に住んで、昼も夜もイエズス様にお仕えできるんだわ。」
イエズス様に恋している女の子にとって、これは実に簡単な解決法でした。ですから、イメルダは修道院に行って頼んだのです。「シスター、わたしもここに来て、修道女になれるか院長様に聞いてみて下さいませんこと?」
「イメルダ、わたしたちはみんな誓願を立てた修道女なのよ。あなたもいつか大人になったらここに来て修道女になれるかもね。あなたのご両親は立派な方たちでしょう? 住んでいるおうちも大きくて、きれいなのでしょう? あなた自分のおうちでは幸せではないの?」
「おうちではとても幸せよ、院長様。でもここには主イエズス様がすぐ近くにいて下さるんですもの。」
「あのね、イメルダ、修道生活は楽じゃないのよ。わたしたちはいっぱいお仕事をするし、お祈りの時間もたくさんあるのよ。夜中にも起きてお祈りするのよ。」
「院長様、そんなことわたし平気だわ。だってわたしお祈りが大好きなの。何でも言うことを聞きますから、そして言われたことは何でもしますから、どうぞわたしをここにおいて下さいな。」
もちろん、イメルダのことを心から愛している院長様でも、自分が彼女を家に帰してしまうだろうことは分かっています。たげど、イメルダは引き下がりませんでした。
でもこの日、院長様は、客間で、座ろうともしないで、大きな目で自分を見つめながら哀願しているイメルダを見ている中に、何かが自分の魂を揺り動かしているのに気づきました。「こんなに幼いのにこの子はこれほどにも強く修道生活を希望している。神様の手がこの子を動かしているのではないかしら? しばらく試させて見ようかしら?」
嬉しいことに、この日、院長様はイメルダをすぐに追い返したりせず、長いことお話しして下さいました。そして、もし両親が許してくれるのであれば、しばらくの間修道生活を試してみてもいい、と言ってくれたのでした。
お父さんとお母さんはイメルダの話を聞いてとても悲しみましたが、それほど驚きませんでした。二人は心の底で、自分たちの娘には何か不思議なことがあるだろうことを予期していたからです。まだ幼いけど神様がそれを望んでいらっしゃる、と感じていたのです。聖ヨアキムと聖アンナが三歳のマリア様を神殿に捧げたように、彼らもイメルダを神様に捧げることにしました。
修道院に来たイメルダはまるで水の中に戻された魚のようでした。イメルダは沈黙が大好きでした。アーチのある長い石の廊下も、白とか黒の修道服も、聖歌、お祈り、仕事も大好きでした。でも一番のお気に入りは御聖櫃でした。とうとう自分もイエズス様と同じ家に住むようになったのです。修道院の規則が許す時間には聖堂を見下ろす楽廊に行き、御聖櫃をうっとりと見ながら、長いことひざまずいて祈りました。
大人の修道女たちの共同体の中にあって、イメルダはまるで太陽の光線のようでした。彼女たちはイメルダが側にいるともう嬉しくて仕方がありませんでした。でも院長様は修道女たちに、決してイメルダを甘やかさないよう厳しく命じていました。それでも、院長様は彼女がまだ幼いので、すべての活動に参加すること、特に夜中に起きて皆と一緒に読書課を祈ることを許可していませんでした。
でも、イメルダは全部を皆と同じにさせてくれるよう、院長様にしきりに願いました。結局、院長様も折れて、イメルダの望みを叶えてやることにしました。真夜中に、読書課を唱えるため聖堂に向かう、白い修道服を着た修道女たちの列の一番後ろに、小さなイメルダの姿を見た天使たちも驚いたはずです。
このようにして二年が過ぎました。イメルダももう十一歳になりました。
修道生活の中でイメルダにとって一つだけ悲しいことがありました。それは御聖体の主イエズス様をまだいただけなかったことです。仲間の修道女たちが御聖体拝領するのを眺めながら、イメルダの魂は自分もイエズス様をいただきたいという強い望みで焼かれてしまうようでした。そんな思いで時としては泣いてしまうことすらありました。イメルダは神様に祈りました。「どうぞ、お願いですから早く御聖体のイエズス様をいただくことができるように…どんな方法でもいいから…。」
ある日、修道女たちはミサの後で、いつものように一列になって楽廊を出ました。列の最後にいた修道女が振り返って、ひざまずいて祈っているイメルダを見ました。イメルダは皆よりも長いこと祈りに没頭して、聖堂に残るのが常でした。修道女たちもそれに慣れてしまって、イメルダの望みどおりにさせていたのです。御聖体に対するイメルダのこの熱心な礼拝を最後の修道女が振り返って見たのも、それがもう習慣になっていたからです。
ところがその日、この修道女は驚きのあまり、動けなくなってしまいました。いつものようにイメルダはひざまずいて、頭を垂れて祈っています。でも彼女の頭のすぐ上には柔らかい光を放ちながら真っ白い御聖体が浮いていたのです。
その信じがたい光景を見て修道女たちは全員楽廊に戻り、ひざまずいて御聖体の主を礼拝しました。
そして院長様には、創造主ですべての人々の主であられる神様が、この十一歳の女の子にご自分を受けさせたいことがはっきり分かりました。使いの修道女からこの奇跡を聞いた司祭が金のパテナを持ってやって来ると、ホスチアはそのパテナの上に降りていらっしゃいました。
すると、それまで周りのことには一切気づく様子もなく、目をつぶり、頭を垂れて祈っていたイメルダはゆっくりと、嬉しさで輝くばかりの顔を上げ、口を開き、初聖体をいただくために舌を出しました。そして再び、頭を垂れて、感謝の祈りを続けました。
しばらくして、院長様がイメルダに近づいて言いました。「イメルダ、イメルダ、もう行きましょう。」
彼女は動こうとしません。
院長様がもう一度呼びかけましたが、返事はありません。それで院長様はイメルダの肩にそっと触れて、祈りからさまさせようとしました。すると、イメルダの体が崩れるように院長様の腕の中に倒れてきました。その顔には得も言われぬ幸せさが溢れていました。
イメルダはいつか「イエズス様をいただいて、死なずにいられるなんて考えられないわ」と漏らしたことがありました。そして今日、イメルダはイエズス様をいただいたのでした。御聖体のイエズス様との最初の出会いは、愛で燃えるイメルダの心にとって余りにも大きすぎたのです。イメルダはそのままイエズス様と一緒に天国に行ってしまったのです。
小さな女の子イメルダ・ランベルティーニは一八二六年福者の位に上げられ、一九九〇年聖ピオ十世から初聖体の守護者に任命されました。同じ年に、この教皇様はもっと小さな子供たちにも初聖体を許すことになさいました。
イメルダの小さな体は、今でも生きていたときと同じ姿で、ボローニャにある聖シギスムンド教会に保存されています。その幸せでうっとりした顔は「わたしのイエズス様、わたしのすべて」とでも言っているようだと思いませんか?
(訳者から・これは子供のためのお話ですけれど、親が子供に読んでやるように、漢字の使用は大人向きにしてあります。だけど、大人の霊的成長のためにも役立ちそうですね。いつの日か、ご一緒にボローニャに巡礼してみたいものですね。)