たとえ話
(Inside the Vatican May 2000から)
『フマネ・ヴィテ』研究会 成相明人訳
ある億万長者とその一人息子には美術品蒐集の趣味がありました。二人が集めた美術品は高価、かつ豪華で、古代エジプトの土器からラファエル、現代のものではピカソ、モネの作品も多数含まれていました。二人はしばしばこれらの傑作に囲まれて、至福の時を過ごすものでした。ベトナム戦争が始まると、息子は志願兵として戦場に赴きました。残念なことに、勇敢な彼は仲間の兵士を助けようとして、自分の命を失いました。息子の戦死を知らされた父親が深く悲しんだのは言うまでもありません。
その通知を受けてから一月ほど経ちました。ちょうどクリスマス直前のことでした。ドアをノックする音に応えて、父親が玄関を開けると、一人の若者が立っていました。手には薄く、角張った大きな紙袋を持っています。「初めてお目にかかります。息子さんはわたしを救おうとして命を失ったのです。その日、彼は多くの人々の命を救いました。そして安全なところにわたしを引きずっていくちょうどその時、敵弾を心臓に受けて即死なさったのです。あなたとあなたの美術品蒐集のことは彼からよく聞かされていました。」若者は持っていた紙袋を差し出しました。「これを受け取って下さい。下手な絵かもしれませんが、心を込めて描きました。息子さんは、あなたがこれを受け取ることをきっと望んでいらっしゃいます。」父親がそれを開いて見ると、それは息子が命を救ったその若者が描いた息子の肖像画でした。
彼はその若者が息子の人となりを見事に捉えた肖像画に見とれました。特に、その目には吸い込まれるように見入ってしまうのでした。感謝した父親はこの傑作に対して幾ばくかの金を払いたかったのですが、若者は承知しようとしません。「あなたの息子さんはわたしの命の恩人です。このぐらいはさせていただきます。これはわたしからあなたへのせめてもの贈り物です。」父親はそれ以来、この肖像画を誇らしげに居間に掛けました。訪問客がある度に、彼はこの絵を真っ先に見せてからでないと、他の傑作に案内しようとしなくなりました。その後数ヶ月して、父親も死んでしまい、息子と天国で再会することになりました。
さて、遺言に従って、彼の美術品すべてが競売にかけられることになりました。それで、多くの客が有名な絵画や彫刻を手に入れようとして詰めかけました。さて、競売会場の舞台の上では、心を込めて描かれたには違いなくても、明らかに素人の手になる息子の肖像画が真っ先に競りに出されることになりました。競売人が槌を振り下ろして、叫びました。「今日の競売の第一号、亡き○○氏の一人息子の肖像画!この記念すべき作品はどなたが競り落とされるのでしょうか?」
だれも応じません。そして後ろの方から声がありました。「わたしたちが見たいのは有名な美術品なんだよ。素人のものなどに興味はないね。」しかし、競売人は怯みません。「どなたかこの絵をどうぞお買い求め下さい。いらっしゃいませんか?では競りを始めます。百ドルではいかがでしょうか? いや、二百ドルから始めましょうかな…」
もう一人から怒りの声が飛びます。「そんな絵じゃないんだよ。わたしたちが欲しい…ヴァン・ゴッホとかレンブラントはいったいどこにあるんかね?早く本物の競りを始めてくれよ。」
しかし競売人はそんな声を一切無視します。「息子さんの肖像画をどなたが競り落として下さいますかな?どなたがこれをお求めでしょうか?」
すると、部屋の一番後ろから臆病そうな声が聞こえました。それは父親と息子に長年仕えてきた庭師でした。「十ドルなら払えるけんど…」と彼は小声で言いました。競売人は「ありがとうございます。二十ドルで競り落とすお方はいらっしゃいませんか?」
「十ドルで彼にやればいいじゃないか!」だれかが大声で叫びました。「古今の傑作を見たいんだよ、わたしたちは。」競売人は槌を振り下ろして静かに言いました。「どなたか二十ドルお出しになる方はいないものでしょうか?」客たちは明らかにいらいらしてきました。息子の肖像画にはだれも興味がなかったのです。彼らのお目当てはもっと高価の絵画と彫刻でした。「それではこれが最後のチャンス。二十ドルの方はいらっしゃいませんね?」槌が音高く競り机に振り下ろされました。「最終競り値は十ドルに決定!」間髪入れず、二番目の列に座っていた男が叫びました。「さあ、本物の競りを始めようぜ!」
ところが、競売人はその槌をなおし始めました。「すみません。今日の競売はこれにて終了させていただきます。」「エエッ!有名な絵画と彫刻はどうなってるの?」客は一斉に声を挙げたものです。「申し訳ございません。しかし、この競りをわたしが引き受けたとき、遺言の中にある秘密の約束事に従う誓約をしなければなりませんでした。そして、それはこの瞬間まで口にすることを許されていなかったのです。遺言の条件は息子さんの肖像画だけが競りに掛けられるということでした。その絵をお買い求めになられた方が、二十三億ドルするこの屋敷、ヨーロッパ、南太平洋、モンタナ州にあるすべての土地と建物、そしてもちろんすべての絵画と彫刻を相続することになられます。息子を手に入れた方がすべてを相続なさいます。」
神は二千年前に御一人子が十字架にかけられるのをお許しになりました。この競売人の台詞と御父の言葉は酷似しています。「わたしの一人子、だれがわたしの一人子を受け入れるのですか?」
神様のいわば遺言状にある秘密条項は、お分かりのように同じです。「御一人子を受け入れる者は全てを相続する。」
(作者不明)
(翻訳者から一言・これはおそらく実際にあった話ではないと思われます。しかし、そのメッセージは永遠の真理に他なりません。蛇足かな?)